06.24
ステレオ装置の合理的なまとめ方 その14 パワーアンプその3
前回に、オーディオアンプの歪率とは何か、という事と、それをはかる装置について述べた。そこで一つ、実際にクリスキットマークⅥカスタムとP-35の歪率について考えて見る事にする。
まず簡単なパワーアンプから始めるが、第43図③が、以前にP-35の製作記事の中に出て来た歪率のグラフである。解り易いように1,000Hzの場合のみを抜き出したものである。
縦の線がその出カワットであって、左の端が0.1W、一番右にある線が40Wである事は説明の要もない事だと思う。本当は、家庭で聴く時の音量が殆どの場合1W以下であるために、もっと下の方の歪率がどうなっているか、という事の方が重要なのであるが、一般に歪率計は、300mVより小さな信号ははかれないものなので、グラフにすると、普段使いそうもない大出力のところがはっきり現われていて、小出力のあたりでは、測定器との結線その他で拾う外部雑音の影響による残留ノイズをはかっている事になってしまう。
話を解り易くするために、第44図にNF回路プロックの全自動歪率計DM-154Aのメーターまわりの様子を示しておく。
ダイアルの上にあるレンジをよく見ると、歪率用のCal.(=Calibration)、つまり、歪率100%に当たるところが、AC300mV(正確には316mV)になっているのが解る。そこから一段左へ下がると100mVで歪率だとフルスケール30%、次が30mV(10%)といった具合に、最小レンジがフルスケール0.1%(0.3mV=300μV)になっている。
歪率計といえども、中味はAC電圧計、つまリミリバルであるから、フルスケール30oμVのレンジで、歪率0.03%に当たるところは、約0.1mV(=100μV)の交流電圧になっているので、実際には歪率0.03%と出たとすれば、0.1mVの高調波成分プラス、ノイズ電圧をはかっている事になる。
こんな理由から、一般の歪率計では、最低300mVのアンプの出力信号電圧以下だと、信号にまじっているノイズ成分の比率が大きくなって、測定しにくいからである。
P-35の場合5Wで1,000Hzにおける0.04%だとグラフに出ていて、それが10Wで0.047%、15Wで0.075%、20Wで0.11%といった具合に上がって行き、その歪率が0.5%まで上がった時が35Wになっているところから、実効出力35Wという事になる。
パワーアンプだから、このように簡単にそのグラフにより、歪率と更生音とは無関係であったとしても、歪率が多いか少ないかの判定が下せる。
ところがプリアンプだとそうは行かない。第43図①がその説明である。話が混んがらがってもいけないので、図には、マークⅥカスタムのイコライザ段における、1,000Hzでの歪率のみのカープをとったものである。
この場合も、最低300mVの信号をプリアンプのイコライザ段につなぎ、Recording Outputからとり出さないと、歪率計にかけられないので、その最小出力は、左の端に当たる0.3Vのところから測定を始め、波形がクリップし始める42Vまでの測定値をプロットしたものである。
一番谷の深いところが歪率0.03%で、そのときの出力電圧は2Vになっている事が解る。
ここで注意しなければならない事は、最近のパワーアンプの標準が、0.5Vの入力時にフルパワーになっている事である。つまり、パワーアンプに0.5V入れると、スピーカターミナルヘはその最大出力が出てしまって、それより大きな入力信号は入れられないという事になる。だとすれば、この段の歪率を単独ではかって見て、クリスキットマークⅥカスタムのように、42Vと桁はずれにその最大電圧が大きなプリアンプだと尚更の事、0.5Vから42Vまでの歪率を測定して見てもなんにもならない事になる。
言いかえれば、このグラフのうち、0.3Vから0.5Vまでの歪率だけしか有効でない事になる。
ところがプリアンプにはA形カーブになっているボリュームと、B形カーブのバランスコントロールでイコライザからの出力信号電圧は、ボリューム、バランス中点のときそれぞれ1/5、1/2に減衰するので、バランス、ボリュームを出てフラットアンプヘ入るときの入力信号は1/10に落ちているから、前に述べた理由では、イコライザ段の歪率は5Vのときまでは、一応有効という考えが成り立つ。それでも、10V、20V、 30V、42Vなんていうイコライザ段からの出力電圧は全く不要の数値である事が解る。
測定器をお持ちでない方には、このあたりの説明が解りにくいかも知れないので、第45図の、上記二つのアンプをつないだときのプロックレベルダイアグラムを見ていただき度い。
カートリッジから13mVの出力信号が出たとする。(グレースのF-8Cで5mVであるから、よっぽど出力の大きいカートリッジでもこんなに大きな信号の出るカートリッジはまずないと思われるが)これがイコライザ段で128倍に増幅されるので、
13mV×128=1,670mV=1.67V
まで上がる。それが中点にセットされたA形のボリュームで1/5に減量されるので334mVにおとされて、更にB形バランサで1/2になり167mVに落ちる。
これがフラットアンプに入って3倍に増幅されるから、500mV(0.5V)の出力となってパワーアンプに入る。
パワーアンプ(クリスキットP-35)の増幅率が33倍であるから、
0.5V×33=16.7V
でこの値を二乗して80で割ったものがワットであるから35W。
簡単に言えばカートリッジから13mV出たとすれば、パワーアンプがその最大出力になり、スピーカに35Wの信号が出る事になる。たびたびシンクロスコープを使って、出力波形を見てたしかめたのであるが、我が家のJBLには3W以上の出力が出た事はないのである。これ以上のテストは、とてもやかましくて出来ない。となると、最大許容入力何百ミリボルトなんて話には、あまり耳を貸す必要はないのではなかろうか。ついでながら述べておく。
そこでやかましいのを承知の上で、ボリューム中点時に音楽のビーク時に3Wになるまで、クリスキットマークⅥカスタムのNFB用半固定抵抗値を上げて、NFB量を減らし、フラットアンプのゲインを15倍に上げたとする。
その時の計算値が、先程の図の一番下に記入したレベルダイアグラムである。この時のイコライザ入力信号電圧がわずか2.6mV。これは、フラットアンプをそのままにしておいて、ボリュームを右いっぱいにまわしても同じ結果になる事は、計算に強い方はお解りの事と思う。
私はここで、プリアンプの最大出力がどうの、と述べているのではない。この説明で、プリアンプの歪率グラフが一体何を意味するのか、という事を考えたかったのである。
クリスキットミニC-1の項でも述べたが、殆どの場合プリアンプのイコライザ段での歪率のグラフは、その出力電圧によらず、入力換算したものである。イコライザ段は、高中低それぞれデインが違う上に、複雑なイコライザネットワークのために、それぞれの音域での最大出力電圧が違っていることをカバーするための工作だと私は思う。だから歪率カープが三本になっているし釣り針のような格好になっているのである。
この筆法でクリスキットマークVIカスタムの歪率カーブを、某メーカー製の管球式プリアンプキットのそれとを二つ並べたのが、第46図である。マークⅥカスタムの方は出力電圧を基準にしたものが示されている。
そこで新しい好奇心が生まれる。ブリアンプの各段を独立した時の歪率カープの最大出力電圧が、アンプをつないだときにあまり意味がないものであり、歪率計が最少0.3V信号を入れないとはかれないとすれば、それぞれのアンプをつなぎ合わせ、実際に音楽を聴く時と同じようにつないでおいて、PHONO入力に信号を入れて、スピーカターミナルのところで、各出カワット時の歪率は一体どうなっているのであろう、という事である。この時の歪率グラフが第43図の④である。
誤解があってもいけないので、このグラフについての技術的説明はさけるが、パワーアンプ単体の歪率のカープに非常に良く似ている事が解る。各段での単独に存在する歪率のつみ重ねのためによるのかも知れないが、それぞれ単独のときには谷に当たるところが0.03~0.04%だったのが、図の④では0.05%になっているのは、大いに興味ある点であろう。
メーカーのカタログや、製作記事についてて(「て」がひとつ不要)いる歪率グラフなんてこんなものだと思えば良い。結論として言える事は、これ等の測定値は、アンプを設計し、試作検討を重ねて一つの品物に仕上げていく過程で必要なものであって、そのアンプを購入して使用したり、キットから組み立てて音楽を聴いたりするのには、何の意味もない存在なのである。
データー好きの日本人に余計な入れ知恵をして、理屈の解らぬマニアを煙に巻こうという魂胆からこんな事をするようになったのかも知れない。そこで一旦こんなグラフを出せば、それこそ引っ込みがつかなくなって続けて行く。競走相手がやっているのに一軒だけがグラフをひっ込めるわけにも行かないので各社が同じ事をする。
メーカーが発表を避けて見てもオーディオ雑誌のネタになって、紙面にのせるから結果は同じである。私ひとりが、アンプは測定器ではないのだから、と言って見ても始まらない話である。だから私の製作記事にも同じようなグラフが顔を出す、という寸法である。
以前から私の記事を読んでいる方々は、以前の私の記事にはグラフは出ていなかった事を記憶しておられると思う。
私の記事に興味を持って、パーツセットにより製作された方々からのお便りの中に、音はびっくりする程良くなったのだが、自作の腕に自信がなかったので、という事で街のラボラトリーで測定してもらって、そのグラフを送って来て、最大許容入力が、私の記事のと5mV違うが、作り方がまずかったのでしょうか、と私の意見を求めて来られる。忙がしい中を時間をさいて一通一通回答を差し上げるのも楽じゃない。
だから私は、安物で良いから、三種の神器と呼ばれるジェネレータ、 ミリバル、オシロスコープだけは入手しなさい、と勧めているのである。そして自分で測定して見る事が物理の実験であり、回路を理解する一番の早道なのである。それ等の測定器を自作すればその原理も解り、測定に馴れる事が出来るので、最も有効な方法だと思う。KT-88のパワーアンプー台の費用で上記の測定器への予算の大半がまかなえる事を思えば、実に安い投資だと思う。
以上、電波技術 1975年3月号