03.16
パイプに穴が空きまして……
上の写真をご覧頂きたい。かれこれ1年半か2年使ったパイプである。タバコの葉を詰めるボウルと呼ばれる木製の部分の底に穴が空いているのが御確認いただけるだろうか?
そうなのである。先週のある日、いつものように駐車場でパイプタバコを楽しんでいたときのことである。煙を吸い込もうとすると、なんだかスースーする。
「変だな。詰めた葉っぱの量が少なかったか?」
と考えながら、このボールの底に目をやった。あれ、ひびが入っているぞ。ここから空気が漏れているのか? 指で押してみた。その結果できたのが、この穴である。おい、なんでこんなところに穴が空くんだよ。これまで7、8本のパイプを使ってきたが、こんなことはなかったぞ。これ、不良品だったのか?
このパイプを買った桐生市内のたばこ屋さんを訪れたのは翌日だった。もちろん、穴あきのパイプを持参してのことである。
「ねえ、これ不良品じゃない?」
店主にボール小穴を見せながら問いかけた。普通に喫煙を楽しんでいたら、突然穴が空く。穴が空いたパイプは使いものにならない。パイプに求められる基本性能を満たしていないとすれば、不良品に違いないのだ。
「あ、ほんとだ。ひどいですねえ。はい、問い合わせてみますね」
このパイプはフランスのシャコム社製である。日本の喫煙具メーカー、柘製作所が輸入販売している。
「じゃあ、よろしくね」
と店を出た私は、結果についてはほとんど期待していなかった。売った方は使い方が悪いと言い逃れするに決まっている。謝罪の言葉の一言でも聞ければ御の字だ、程度の期待である。
ただ、パイプが1本使えないと困る。前日まで3本のパイプを朝、昼、晩と使い分け、1日3回の喫煙を楽しんでいたのだ。2本になれば1日2回使うパイプが日替わりで訪れる。これはリズム感が良くない。
だから、店を出るとき、パイプのカタログを貸してもらった。次のパイプは何にしようか、と考えるためである。
店主から回答が来たのは翌日(ひょっとしたら翌々日だったかも知れない)だった。
「はい、パイプのボールには普通タール(だったと思うが不確か)を塗って高温に耐えるようにするんですが、シャコムはタールを塗らない製法を通しているのだそうです。だから、早い人は使い始めて数日で穴を空ける事もあるそうで、こんな事故は結構起きているといっていました」
ああ、そうなのか。そういえばこのパイプ、ボールの底の方の色が段々黒くなっていた。あれはボールに使われている木が焦げていたのか。確かに、手で持てなくなるほど熱かったもんなあ。
それは理解した。しかし、である。シャコム社が他と違う製法を守っていることは理解しても、何の解決にもならない。確か大枚1万8000円を投じて買い求めたパイプが使えなくなったのである。それなのに、謝罪もせず、ましてやお詫びとして新しいパイプを私に渡すこともしない。その企業姿勢はいかがなものか?
「そうなんですか。だったら、他のメーカーのパイプとは違った使い方をしなきゃいけないのだろうけど、そんな注意書きをした紙が入っていた記憶はないし、貴方の店で買ったときに説明を受けた覚えもない。それなのに、穴が空く吸い方をした私に責任があるというのですか? そもそも、貴方は柘製作所からそんな説明を受けていましたか?」
「いえ、私も今回初めて知りました」
「だとすれば、使い方を全く説明せずに特殊なパイプを販売した柘製作所の責任だと思いますが、どうでしょう? もう一度柘製作所と話してみてくれませんか」
この時も実は、成果はほとんど期待していなかった。柘製作所が四の五の御託を並べて逃げ切ろうとするのなら、柘製作所の社長に直接電話でクレームを告げてやらねば気持ちが治まらない、程度のことだった。
私はこの電話の後、ネットでパイプの評判を調べ始めた。安くていいパイプはないか? つまり、もう1本パイプを購入しようと考えていたのである。柘製作所からの返事が来るまで購入を見送っていたのは、念の為に過ぎない。
「あのう、パイプの件ですが」
とタバコ店から電話が来たのは今週月曜日のことである。
「おっしゃる通りに柘さんに伝えたら、『それはそうだ。確かに説明はしていなかった。こちらの落ち度です』とお詫びがあり、新しいパイプを進呈するとのことでした。うちの店もこんなものを説明無しに売ってしまった責任がありますので、何かを差し上げたいと思っております。本当に申しわけありませんでした」
えっ、柘製作所が責任の所在を認めた? その上、パイプをくれると。想定外の結論である。侘びの一言も聞けばと思っていたのだが。
「それはありがたい。しかし、です。貴方の店には何の責任もありません。柘製作所からこのパイプの取り扱いについて説明を受けていながら私に知らせなかったのなら責任はあるでしょうが、知らないことを私に教えることはできませんからね」
「いやあ、そう言っていただけるとありがたいですが、売った責任はやはりあるかと……」
「ありません。貴方が私に謝罪する必要は毛頭ありません」
といったやりとりをして、月曜午後、タバコ店に出向いた。
「パイプ、どれにしましょうか?」
という店主に、ネットで調べて、タバコの味が良くなると書いてあった銘柄を伝えた。オーリックNo.5(1万3800円)、ローランドのサンドブラスト(7980円)である。どちらも使いものにならなくなったパイプより安価だが、そんなことは気にしない。タバコが美味ければ良いのである。
「あー、これはどちらも柘さんじゃ扱ってないですねえ」
そうか、柘製作所が代替品を出すといっているのだから、柘製作所が扱っているパイプでなければいけないか。
「じゃあ、カタログを見せて」
といいかけたとき、
「あ、ローランドならうちに在庫があります。ちょっと見ていただけますか?」
と数本のパイプを取り出した。
「いや、だけど、貴方の店には責任はないのだから、柘製作所が扱っていないパイプは貴方の店の負担になったまずいでしょう」
と抗弁したが、
「いえ、柘さんとは取引がありますから、違った形で柘さんには負担してもらいますので、かまいませんよ」
と話し、
「これがいいと思うんですけど」
と1本のパイプを差し出した。色は黒。ボール全体に細かな突起がたくさん出ている。値札を見たら2万4000円とある。
「だってこれ、前のパイプより高いじゃないですか」
「かまいませんよ。これがいいと思います」
押しつけられるように、そのローランドのパイプに決まった。
「ついでにこれも」
と出て来たのはパイプタバコである。わたしの好きな「Molt House」という銘柄だ。
「いや、だって貴方の店には全く責任はないといってるでしょう。貴方の店から何かを頂くいわれは全くありません。これは引っ込めて下さい」
と抗ったものの、とうとう押しつけられてそれも頂いてきた。
そしてこの新しいパイプ、いまのところなかなか具合がいい。
ということは、だ。パイプに穴を空けた私は結果的にVery Lucky! だったということになる。私は狡猾なクレーマーか? いや、納得できないことは納得できないと口にする、根っからの正直者だと私は思っているのだが。
最後に、私の言い分を認めていただいた柘製作所に敬意を表する。
それに、あのたばこ屋さんとは、しばらく縁が切れそうにないと思っている私である。