2022
11.08

本日は耳鼻咽喉科を訪れました。

らかす日誌

今日も昨日に引き続き、身の回りのことである。

耳鼻咽喉科の医院に行ってきた。声帯周辺の検査である。
実は3、4ヶ月前から、声が妙に枯れてきた。滑らかな声が出ず、かすれたような声になる。
当初は

「風邪でもひいたか?」

と気にしなかった。しかし、5日も1週間もたって声が相変わらず枯れていると、

「これ、加齢に伴うことなのか? 我が声帯も長年の使用で衰えてきたのか?」

と考えが変わった。
まあ、年齢とともに肉体の各部が衰えていくのは自然の理だ。かつては1.5の視力を誇った両目が、眼鏡の助けなしにははっきりした映像を見ることができなくなり、真っ黒で豊富だったくせ毛がいつの間にか白く、細くなり、テレビはボリュームを上げないとアナウンサーの言葉が聞き取りにくく、昨日の行動が瞬時には思い出せないのと同じように、声帯だって

「俺も73歳じゃけんね」

と主張し始めても不思議はない。歌手でもアナウンサーでもない私の声が枯れてきても、何の問題もない。折角枯れるのなら、ルイ・アームストロングのような声になってくれないか。

気にしなかったといえば嘘になるが、気にしてもその程度の気に仕方だった。

「それでいいのか?」

と思い始めたのは、今回の健康診断が切っ掛けである。まだはっきりしないが、前立腺ガンを疑ってみるべきだとは医者の言葉だった。我が血統は、父方にも母方にもガンで死んだ者はおらぬ。従って、ガンの家系ではないと信じているが、まかり間違って私に突然変異が起きたとも、疑えば疑える。もし前立腺にガンが宿ったのなら、私にガン体質があるのなら、声帯周辺に悪性腫瘍ができている恐れもあるのではないか? 声が枯れる背景に、重大な病が潜んでいないか?
そう思い始めたのである。

で、車を転がして今朝、耳鼻咽喉科を訪れた。

「はい、どうしました?」

とは医者の第一声である。多くの医者が同じ第一声を発するところから見ると、きっと大学の医学部には、初めての患者への声のかけ方、という必須科目があるのに違いない。

「いや、実は3、4ヶ月前から声が枯れまして、年齢だけが原因ならいいのですが、そうでないこともありうると思いまして」

と症状を説明する。

「ああ、そうですか。たばこは吸われますか?」

「はい、最近は1日に4、5本ほど。それとは別にパイプタバコを1日3回です。つい先日肺がんの検査はしましたが、セーフでした」

「そうですか。それじゃあね、声がかすれる原因が腫瘍ってこともありますよね。見てみましょう」

最初は喉の奥をのぞき込まれた。

「はい、別に何ともないようですね。じゃあ、次は声帯の周りを調べてみましょう。鼻からカメラを入れますからね」

えっ、鼻からカメラ? それって、拷問に近いような……。

「はい、怖がる人もいますが、今は胃カメラも鼻から入れますしね。とにかくカメラを入れなければ原因が分からないのだから、入れるしかないんですよ」

まあ、それはそうですが……。

幼稚園や小学校の子どもだってできるんだから、大丈夫ですよ」

おいおい、73歳の自称インテリを捕まえて、幼稚園生、小学生と比較するか? ちっちゃな子どもでもできるんだから、あんたも大丈夫だろう、って、そのレトリックは挑発としか思えないぞ、この野郎!
と怒りに押されて出た言葉は次のようだった。

「はい、ではカメラを入れて下さい。ええ、大丈夫でしょう。仕方ありませんからね」

まず、両方の鼻の穴に、何やら薬剤が塗られた。ひょっとしたら麻酔薬か。その薬剤が効果を発揮するまで待つんだろうなと思った瞬間、

「じゃ、入れます。こちらのモニターであなたにもご覧にいただけます」

直径5㎜もあったろうか。内視鏡が突然、左の鼻の穴に突っ込まれ、そのままぐいぐいと先に送られた。ということは、鼻の穴に塗布された薬剤は、単なる潤滑油だったのか?

「はい、鼻の穴から口の中に出ました。これから声帯に向かいます」

モニターに目をやる。ピンク色の肉塊に囲まれた穴の中を、カメラは進む。

「はい、もうすぐですからね。ほら、これが声帯です。ああ、少し痩せていますね。歳のせいでしょう。それに、タバコもありますからね。でも、腫瘍はないようです。はい、大丈夫ですよ」

鼻の穴から異物を突っ込まれた私は何ともいえない不快感、余り大丈夫とはいえない状態でこの言葉を聞いた。そうか、俺は大丈夫なのか。
カメラが引き抜かれた後、

「先生」

と素直な患者はいった。

「痩せた声帯は元には戻らないんでしょうか?」

先生は答えた。

「そうねえ、原因が年齢ですからね。でも、声帯も筋肉だから鍛えることはできますよ。鍛えればまた太くなる」

「どうすれば」

「たくさん話して下さい」

話せと。雄弁は銀、沈黙は金、と英国の哲学者、カーライルはいったが、金は避けて、積極的に銀メダルを狙えと?

「そうですね。歌うのもいいと思いますよ」

「ということは、積極的にカラオケに通え、と」

「はい、積極的に通って下さい」

なんだか、カラオケチェーン店と業務提携しているような耳鼻咽喉科を訪れた費用は2660円也。
無駄な出費ではない。喉にガンがないことが確認できた安心料である。

ということで、誰とカラオケに行こうかと考え始めた私であった。