08.16
私と朝日新聞 名古屋本社経済部の13 トヨタ自動車という会社
トヨタ担当は、トヨタ自動車だけを取材するのではない。デンソーなどトヨタグループの会社も取材対象だし、東海地方の製造業はすべて私の担当だった。
だから、記事はよく書いた。というか、次から次へと
「発表です」
という会社が現れ、広報資料をもとに原稿を書かされた。スクラップをめくると
・カローラなど2種改良
・トヨタ自販 ’90年へ強気 「5400万台売れる」 GM(の予測と)と500万台の差
・トヨタ、1000cc車に慎重
・新・省エネ車発売 燃費は国産最高レベル トヨタ
・人材に“投資”で減益 東海理化
書きに書いた、というほど真面目でこまめな記者ではなかったが、仕事は結構あった。
オール経済部の年間企画にも加えられた。毎週1回、1ページを任せてもらえる企画で、タイトルを「技術新時代」といった。
「トヨタ自動車で何かを書いてくれ」
というのが東京の担当記者からの依頼であった。
何かを書けと言われても……。あれこれ考えて、
「よし、トヨタの問題点を書こう」
と決めた。その頃、鎌田慧さんの「自動車絶望工場」を読んでいたからだ。期間工としてトヨタの生産ラインで半年間働いたルポルタージュである。トヨタ自動車工業が、いかに労働者を酷使しているか、生々しい話が頭にこびりついていた。
年間企画は新聞の1ページをまるまる使う。記事は1行15字で250行。これに識者の談話が80行ほど。250行の原稿は余程データを集めなければ書けない。
しかも、今回はトヨタを批判する記事を書こうというのである。いつものようにトヨタの広報を通じて取材を申し込んだのではそんなデータは集まらない。
あちこちあたるうちに、トヨタで働きながら、トヨタに批判的な社員のグループにぶつかった。取材を申し込むと
「今度の土曜日に私に家に来て下さい。仲間も集めておきますから」
とありがたい返事を受け取った。
メモをとった住所と豊田市の地図を頼りに、その方の家に行った。まず家を見る。新築に近い1戸建てである。ふむ、会社にいじめられているという社員も、こんな家に住めるのか? 何となく引っかかった。
座敷に通された。6、7人のトヨタマンが待っていてくれた。早速話を聞く。何と、この方々は鎌田慧さんの取材も受けたのだという。そうか、私の教科書にしようという本の登場人物とこれから話すのか。
「工場には危険な部署とそうでもない部署がある。俺たちは会社に批判的なグループだが、危険な部署に回されるのはいつも俺たちのグループだ」
そんな話を2時間ほど聞いた。終えて玄関を出ると、これも真新しいマークⅡがとまっている。
「はあ、トヨタをあれほど批判されるあなたも、車はやっぱりトヨタなんですか」
彼らが話してくれたことと、目の前にあるマークⅡがうまくつながらない。あれほど勤め先を嫌っているのだから、他社の車に乗るという選択肢もあるだろうに。
「いやあ、会社はクソだけどね、作っている車はいいんだよねえ」
私の中で違和感が膨らんだ。鎌田慧さんの本を教科書にしていいのか?
トヨタの下請け工場にも取材に行った。社長さんに会ってもトヨタに配慮して厳しい話は聞けないはずだから、私が会ったのはその会社の労働組合の委員長である。このポストなら、トヨタの悪口も言えるはずだ。
ところが、一向に悪口は出て来ない。逆に
「トヨタさんがいなければ、今頃うちの会社はつぶれていますよ」
とトヨタを賞賛する。何故か、と聞くと、
「うちは小さな会社だから技術開発にあまり資源をさけない。というか、技術開発力がない。トヨタが求める品質は高いから、うちのの技術だけでは作れないことが多いんです。そんな時はトヨタから技術者が来てくれて、一緒に製品開発をしてくれる。おかげでうちの製品をトヨタに納めることが出来るわけです」
しかし、と私は質問を続けた。
「あなたたちの給料はトヨタより安いでしょう。力を合わせて車を作っているのに、下請けの方が給料が安いってひどいとは思いませんか?」
予想外の答えが戻ってきた。
「確かに、基本給はトヨタより安い。でも、私たちには時間外手当があります。トヨタは時間外をなくす方向ですから、実際の手取額は僕たちの方が多いいのですよ」
いやはや、これではトヨタの悪口は書けそうにない。方向を変えて、トヨタの改善提案の話を書いた。1980年、トヨタの改善提案件数は85万9000件。社員1人あたり19件である。
原稿にはしなかったが、広報部員に
「どうしたらそんな膨大な改善提案をし続けることができるのか?」
と聞いた。すぐに答が返ってきた。
「職場間の異動ですよ。新しい部署に行くと、その部署なりの仕事の進め方が確立している。前いた部署の仕事の仕方とは違うことが多いんですね。それで、前の部署のやり方がいいと思えばそれを提案する。それに、2つの部署の仕事の仕方を総合して、より良いやり方を思いつくこともある。だから、いくらでも改善提案ができるのです」
トヨタ自走車は魅力的な会社だった。いまでもトヨタの車に乗る気はないが、企業としてのトヨタは尊敬の対象である。