2024
03.21

私と朝日新聞 デジキャスの12 日誌のネタに困ったのです

らかす日誌

新聞記者とは、取材をして原稿を書くものである。取材のきっかけは事件、事故の勃発、記者会見、記者クラブに配られた広報資料は当然として、雑談の中でひらめいたインスピレーション、日頃から持ち続けている問題意識が結実したものなど様々である。しかし、共通しているのは取材をして記事にするということだ。

ところが、デジキャスのHPで書き始めた原稿は、取材をしないで書く原稿である。となれば、素材は身の回り、自分で体験したことから拾うしかない。

「今年こそ日記をつけるぞ!」

と決心して、日ならずして挫折、ほとんどが白紙の日記を残した苦い想い出をお持ちの方は多いのではないか。そうなのだ。平々凡々立つ暮らしをしている我々には、わざわざ文字で残したくなるような出来事が毎日あるわけではない。

「今日は朝7時半に起きました。朝ご飯はダイコンのみそ汁とアジの干物、白菜の漬物、それに納豆でした。食べ終えて髭を剃り、いつものように9時のバスで駅へ。会社に10時について……」

などという日々の暮らしを文字にしようと思う人はいないはずである。つまり、私たちの日常には、文字にするに耐える出来事なんて、たまにしかやって来ないのである。

それでも、デジキャスのHPの原稿は、少なくとも1週間に1回は書かねばならない。日常の出来事が原稿にするに堪えないとすれば、自分で体験したことが積み重なっている過去に頼るしかない。過去の体験を原稿にするしかない。

そう追い詰められて、最初に手がけたのは「スキーらかす」ではなかったか。北海道に勤務した際の、スキー初体験を面白おかしく書いたものである。

私は矢継ぎ早に自分の過去の体験で原稿に出来そうなものを探した。クリスキットの桝谷英哉さんを書いた「音らかす」は苦し紛れでもあり、BSデジタル放送が始まった2000年12月1日に亡くなった桝谷さんへのオマージュでもあり、クリスキットを1人でも多くの方に知っていただきたいとの願いでもあった。

グルメらかす」もその一種である。新聞記者としてあちこちに赴任したり、出張したりという体験を中心に、私の人生を重ねた。スペイン・アンダルシア料理を出すレストラン「ラ・プラーヤ」のオーナー兼シェフ、カルロスこと児玉徹君の親交もここに生きている。

とうとうネタが尽きかけた時、我が家にハイビジョンで録画してストックしていた映画を思い出した。映画を書けばネタに困ることはないのではないか?

そもそも私は、それほどの映画好きではなかった。黒澤明監督の映画は数本見ただけだし、アカデミー賞にもベルリン映画祭にも関心はなかった。
そんな私が、映画の膨大なコレクションを持つに至ったきっかけは、2001年にBS-NHKがハイビジョンで放映したEric Claptonの日本公演である。その頃の私は、Claptonにどっぷり浸かっていた。兄弟会社であるBS朝日の仲間たちとは

「BS朝日は、齢を重ねてますますコクが出てきたClaptonのような放送局にしたいね」

と議論を重ねていたほどである。そのあこがれのClaptonの日本公演をハイビジョンでやる。

「これは、残さねばなるまい」

と決意を固め、ハイビジョンで録画できるD-VHSのテープデッキを買った。かなりの出費だったが、これは致し方ない。その日、慎重に録画した。今はブルーレイディスクに移したClaptonの日本公演ライブは、私のお宝映像である。
それが終わるとBSデジタル放送の番組表をしげしげと眺めた。せっかく、ハイビジョンの映像をそのまま残すことが出来る設備を入れたのだ。Claptonのライブ映像だけでは元が取れない
しげしげと眺めている内に、音楽番組がそこそこあることに気がついた。気になるアーティストの名前もそこそこある。

「よし、老後の楽しみに音楽番組をハイビジョンで残そう」

こうして私の録画人生が始まった。

それからしばらく後のことだ。改めて番組表を澪ていると、映画も結構ある。WOWOWと契約すれば、映画は山ほどある。

「そういえば、俺の人生は映画とは余り縁がなかったな」

学生時代に「裸の島」と「Let It Be」にはまったことはある。しかし、新聞記者になった後は、映画はほとんど見ていない。子供にせがまれて「スター・ウォーズ」を見に行ったのは、岐阜支局時代だった。「インディー・ジョーンズ」を見たのは経済部の旅行の宿だった。その後も、スピルバーグに魅力を感じて「Back to the Future」は見た。南国ジャマイカのボブスレーチームを描いた「クール・ランニング」を見に映画館に足を運んだのは、名古屋での単身赴任の無聊を慰めるためである。
だから、全く映画を見なかったわけではないが、いかにも少なすぎる。

「せっかくハイビジョンでの徳が装置があるのだ。映画を録画しておけば、定年後の時間つぶしになるのではないか?」

そう思い立って、WOWOWとも契約し、めぼしい映画、良さそうな映画、評判が高い映画を録画し始めた。そのうち本棚1つがVHSテープに占領されるようになった。私は個人資産として、山ほどのの映画を所有するに至ったのである。

デジキャスのWebに書く原稿がネタ枯れになりかかった時、ふと我が家に蓄積された映画に目が向いた。映画を書いてみようか。

「映画だったらネタ枯れの心配もないし」

だが、世に映画評論は馬に食わせるほどある。私が映画について何事かを書くのは屋上に屋を重ねることになりはしないか?

「いいじゃない、重ねたって。こっちはネタに困ってるんだから」

と言いながら、それまで映画に着いての文章を読んだことはあるが、書いたことは一度もない。書けるか?

「5本か10本書いたら慣れるだろうさ」

その程度の乗りで始めたのが「シネマらかす」だった。とんでもない世界に足を踏み込んだと知るのは少し後のことである。