2024
03.27

私と朝日新聞 デジキャスの18 「らかす」の誕生

らかす日誌

本来なら、今回から「朝日ホール総支配人」の話が始まるはずである。だが、今回もタイトルは「デジキャス」となった。私は、朝日ホール総支配人の仕事をしながら、密かにデジキャスの仕事もしていたからだ。デジキャスのHPに載せる原稿を書き続けていたのである。最初にアップした日付から考えると、「シネマらかす #22 : シカゴ」あたりから後の原稿は、総支配人をしながら書いたものだ。

デジキャスは2006年9月30日に放送を止めた。放送をしない以上、HPもいらない。閉鎖する。

「ということなのですが、大道さん、これまでにアップした原稿、どうします? ずいぶんありますが」

という連絡を受けたのは、2005年の暮れか、2006年のはじめ頃だったと思う。
そうか、デジキャスが幕を閉じるのか。ま、それは仕方がないだろう。だがHPに私が書いた原稿? さて、どうしたものだろう。当時は毎週1万5000を超えるアクセスがあった。たいした原稿を書いたとは思わないが、これだけ読者にいてもらうと、なんだか責任感のように名ものが生まれる。それに、これまで書きためた原稿が消え去ってしまうのも何だかなあ、である。愛着がある。惜しいような気がする。

デジキャスのHP改革をともに進めたYa氏と酒を飲んだ。渋る私を説得してHP用の原稿を書かせた人である。

「ねえ、Yaちゃん、どうしたらいいと思う?」

彼の解答は明確だった。

「大道さん、原稿を全部引き取って自分でHPを立ち上げなさいよ」

だが、自分でHPを持つとなると、コストと技術が要る。技術の方は適当なソフトウエアを買えば、なんとかなるかも知れない。しかし、サーバーのレンタル料、ドメインの使用料など、何かと金がかかる。金をかけてまで残す原稿か? それに、自分のHPを持つとなると、原稿を書き続けなければならないではないか。

「ビジネスにすればいいんですよ」

ん? HPに書いた原稿がビジネスになる? が生まれる? そんなことってあり得るのか? いいね、それ!

「私に任せてよ」

任せた。私の個人的なHPのタイトルを「らかす」としたのも、その場でのYa氏のアイデアだった。

「何よ、『らかす』って?」

と聞く私に、彼は

「だって大道さん、あなた、原稿を書き散らかす、でしょう。いつも酒を飲み散らかす、よね。酒の肴を食い散らかす、じゃない。その『らかす」ですよ」

と平然と言ってのけた。正直、彼の原語感覚に驚嘆した。まさか語尾をHPのタイトルにするとは! 語尾だけで単語が生まれるとは!!
思わず私は、

「それ、面白い!」

と言ってしまったのである。

そういう次第で「らかす」が誕生した。レンタルサーバーの契約も、ドメインの取得もYa氏がやってくれた。私はMacで使えるHP作成ツールとしてDreamweaverを購入した。バグの多いソフトだったが、なんとかHP「らかす」を立ち上げたのが2006年3月13日である。そしていまはWordPressで書き継いでいる。

最初は、デジキャスのHP に書きためた原稿を「らかす」に移す作業に追われた。慣れない作業であり、面倒な作業でもある。相当な時間を取られた。「シネマらかす」で見ると一目瞭然である。「#60 : クール・ランニング 」をアップしたのが2005年12月2日。その次の「# 61:ガタカ」が2006年6月9日だから、この間半年ほど原稿の移行作業に追われていたのに違いない。それからは毎週「シネマらかす」を1本ずつ書き続け、映画を原稿にする時間が取れなくなった後は不定期に更新を続けている。

こうして、私は「らかす」を書き続けることになった。そして、ビジネスになるはずだった「らかす」は、いまだにビジネスになっていない。Ya氏ともそのうちに音信不通になってしまった。私は「らかす」で金を稼ぐ方法を思いつかない!

何故「らかす」を書き続けるのだろう? 時折面倒になるが、それでも

「書かなくちゃ」

と気を取り直して書き継いでいる。何故? やめれば楽になるのに。時間も生まれるのに。

ま、いいか。ほんにたまにだが、わざわざメールを下さる読者もいらっしゃるし、なにより「らかす」は私が生きた証なのかも知れないもんなあ。

と思いながら、今日もキーボードに指を走らせる私なのである。