2021
05.12

桝谷英哉のよもやま講座 マルチスピーカーの考え方のⅢ その2

音らかす

高音用アッテネーター

全回路図のハイパスフィルターの入力用トランジスターのベースにつながっているラインを辿るとB5kΩの半固定抵抗にぶつかる。御承知のようにホーン型高音用スピーカーはコーン型低音用スピーカーよりはるかに能率が良いものである。ホーン型に限らず、コーン型のものでもとにかく低音用のそれより音圧は大きい。

ギターの線を弾じいて見れば判る。開放絃を弾じいた折の絃の振幅より、フレットを押さえて音を高くした時の方が振幅が小さい。これははっきり眼で見える。

質量が同じなら、絃の長さが短い程音が高くなり、そして振幅が小さくなる。勿論、音の強さは同じだというのも理屈からこの事が判る。

B5kΩの半固定抵抗はこの二つのスピーカーの音圧のアンバランス(Unbalance)を補うために入れてある。

デバイダーアンプのレベル用つまみを高低共それぞれ同じ位回した折に高音と低音の大きさが同じになるところまでこの半固定抵抗を絞っておく。この当たり回路図で確かめるクセをつけたい。回路理解の第一歩だ。

組み立てに関する注意事項

市販キットの場合、実体配線図が付属していて、 トランスの絵が画いてあったり、トランジスターなどは別に挿画があって、プリント基板の実体図にどのように埋め込むかなどが、奇麗な絵で現わしてある。初心ならずとも見ていて楽しいものだ。しかも、これが売り上げにつながるから不思議である。

定規を使って、ビニール線が奇麗に配線され、その両端は皮が剥いてあって、そこにハンダを盛ってあるところすら画いてある。

クリスキットでこれと同じ事をやったとする。MARK-8を例にとってみる。まず実体配線図が最低30枚は必要だ。P-35Ⅲのパーツセットに入っているP-35の実体配線図。今を去る8年前に電波科学の筆者の記事の挿画に日本放送出版協会の編集室が専属のスケッチ屋に画かせたものである。もし、読者がこの画を画用線に製図ペン、ダ円コンパスなど、諸々の道具を使って画いたとすれば、一体何日かかるだろう。第一、大半の読者には画けないと思う。

もし読者の中に、グラフィックデザイナーがおられて、このその絵を一枚画いたら、いくら位の請求書になるか位は見当がつくはずだ。安く見積って、一枚¥30,000としよう。30枚で90万円。これをマニュアルにして、何色の線を何センチ(中にはすでにこの長さに電線を切って、その両端を剥いてあるのを使ったキットもあるが)ロータリースイッチの何番ピンからブリント基板の何番の穴に入れて、鋼箔側へ少量のハンダで止める式の説明を含めて180頁。

印刷の最低部数が3,000部。読者の中に印刷業の方がおられたら、この当たりどの位の費用(これがキットの生産コストに含まれる)になるかお判りだと思う。

クリスキットをコストより安く売るわけにはゆかない。とすれば、上記の分だけ材料費を落とすか、値段を上げるか以外に方法はない。しかも、このように量産するとそれを捌くために、クリスキットの300倍以上の広告宣伝費がかかる。ここでまたパーツでコストダウンするか、価格を上げなければならない。

その上、キットにすれば全国主要市にサービスステーションがいる。サービスマンの給料、修理場の家賃等もし読者が大人だったら、この費用がどんなに大きいかも判る筈だ。その分だけパーツで手を抜いて……悪循環である。

もっと困った事に最近の値下げ競走が大変だ。第19図のような広告が毎日のように出る。原価を切って売り上げを伸ばす馬鹿は居ないから、訳のわからぬメーカー希望小売価格がつけられて、それの43%引きだから買い得だと宣伝する。そしてその宣伝費が必要になる。

一体世の中どうなっているのかね。

実体回路図

以前にも述べたようにこれは筆者が作った日本語である。英訳したPictorial schematic(ピクトリアル・スキーマチックと読む)をヒースキットのメーカー(ミシガン州)のチーフエンジニアがグッドアイデアといったところを見ると、誰にでも通じる桝谷製英語である。第20図がそれである。

第20図

回路図のままだと、部品の様子が解り難いし、実際にシャーシーの中でどこにその部品がくっついているのかも見当がつかない。実体配線図だと絵がごちゃごちゃしているので回路の仕組みが判断出来ない。特に回路インピーダンスなど実体配線図では見当もつかないものだ。

実体回路図とはこの両方の目的に合うように作ってある。プリント基板の内部は回路図の通りで、しかも基板には基板のパターンのように表面に部品を差し込む穴が開いていて、それぞれの部品の形と数値が刷り込んである。

実体回路図

回路に馴れるために回路図と実体回路図のコピーを作って、それに赤鉛筆などで印をつけながら部品を取りつけて行く。不思議なものでこのように回路をたどっているうちに、トランジスター回路の仕組みが段々と解って来るものだ。

日本語の古文でも、外国語でも始めのうちは馴染めなくても、あるいはBASICのプログラムでも折にふれて目を通しているうちに少しずつ判りはじめるものだ。

要はやる気になるかどうかである。

回路図にあるAからJまでの10個のターミナルは(基板の穴)アンプ回路のうちパネルの外からつまみを使って操作するところつまリコントロール部品がつなかるところである。回路図をもう一度みよう。AとBを例にとって考えて見る。

第20図にその部分である。A点とB点の間にポリュームコントロール(可変抵抗の事)の内部は右図のようになっている。コントロールの内部には図のような馬蹄形の抵抗板が入っている。この馬蹄形の両端をA、Cとする。値はB10kΩだから、A—C間の抵抗値は10kΩ。中央に回転子Bがあって、そこからも端子Bが出ている。つまみを右いっぱいにまわすと、BはAとくっついてしまい、A—B間は0Ω。逆にB―C間は10kΩとなり、回転子Bか基板のBにつながっているから、そこから26,200pFを通ってアースに落ちる。一方基板のA点から1kΩを経てQ1のEに行く。lμFは値が充分大きいので無視するとここでは10kΩと43kΩの並列合成値9.8kΩと1kΩが直列になって10.8kΩ。これと並列に入った26,200pFとがフィルター回路を形成する。回路図で画くと第21図になる。

第21図

ここんところを読んでも何となく解らなければ組み立て中にもう一度読めば今度は比較的簡単に判る。

議書百遍意自ずから通ずと知るべしである。

レベルコントロール

Attenuator(アッテネーター)の事を日本語でレベルコントロールという。もっと通俗的ないい方にポリュームというのがある.

リスナーにちょうど良い音量になるように減衰させるという意味の言葉である。

本来マルチアンフは自作派の人々によって作られる場合か多く、雑誌の製作記事などを参考に何台かのアンプを作った経験の持ち主か多い。

筆者が今までに見せてもらった(見せられた)人々のは、ほとんどパワーアンブにボリュームをつけておられたようだ。勿論この方法か悪いとは一概にはいえないが、先程述べたようにアンフの入力部はそのインピータンスが最も高い部分である。R=1/2πfCの公式を想い出していただこう。これを書き直すと、C=2πfRになる。そこでインピーダンスが高くなれは、式の右側に入っているRが分母だから、当然 Cの値が小さくなければならない事が解る。 Rを47kΩと置きfを20Hzとすると、 Cは169×10−9(0.169×10−6=0.169μ F)。もしRが真空管アンプのように470k ΩもあればCの値は、16.9×10~9つまり0.0169μ Fになる計算だ。

これを平たい日本語で説明すると入カインピータンス47k Ωのソリッドステートアンプに0.169μFのコンテンサーが入ると20Hzで−3dBのローカットフィルターになるのに管球式では、0.0169μFを入れただけで同じ特性のローカットフィルターになる事の証明である。

オーディオ回路で、音質を損なう現象の一つに浮遊容量がある。二枚の金属片(導通片)をある間隔をおいて並べるとコンテンサーが作れるのは、この現象を利用したものだ。 したがって、インピータンスが10倍になれは、わずか1/10の浮遊容量でもソリッドステートアンプと同じ弊害か起こるのである。

ボリューム(可動抵抗体)の形状から見て抵抗片を封入した中にはかなりの容量のC(浮遊容量)が存泊していると見なければならぬ。 しかもその値はつまみの回転位置で変化するのでなお始末か悪い。

こんな事から本機では回路中最もインピータンスの低いところ(3kΩ以下)にこのアッテネーターを入れたわけだ。回路図のE点とJ点につながるB10kΩの抵抗がそれである。

聴感上、Aカーブ(オーディオカーブ)の方が音量変化か滑らかになるのだが、のべつさわるコントロールてはなく、一度セ/卜すれば良いものたから、構造上安定度の高いBカーブ(直線カーブ?)のものを使ってある。

ハイパスの方は、一般に高音用スピーカーの方が能率が良いので、それを補正するために、さらにB5kΩでアッテネートしてある。

使用法としては、レベルつまみB10kΩを両方共12時~3時のポジションにセットしておいて、プリアンプのボリュームを絞り切っておいて、レコードの音を出しなから徐々に上げて行き、時々高音部を半固定抵抗B5kΩで調節しながら、最終的にはプリアンプのボリュームが11時~12時のポジションでちょうど良い音量になるように、プリアンプのフラット基板のB3kΩで調節する。

このように音量を上げていっても、十分な大きさの音にならないとすればカートリッジの出力不足か、スピーカーの能率が悪すぎるのである。取り替えるより他に方法はない。

能率が悪い事で知られているAR-3ですら、この方法で充分な音量が得られるものである。スピーカー、カートリッジ共あまり能率の低いものは感心しない。