07.21
全段直結完全コンOTL-OCL Chriskit P-35M ソリッドステートパワーアンプの1
ひとの好みを測る物差しはない。亭主の好きな赤鳥帽子(赤鰯) という諺がある位である。
音ひとすじに、見てくれの良さというものに、殆ど関心を持たないで、ほんの少しづつではあるが、改良を加えながらも、私が今までに製作記事として発表して来たものは、アンプとしての外観については、それ程重点を置かないようにして来た。とにかくニート(neat)であればそれで良い、と思っている。
商品ではないというものの、パーツセットとして、数多い愛好者に恵まれるようになって来ると、設計者としては喜んでばかりもいられない。
という事で、機会ある毎に、アマチュアの方々に接し、いろいろとデザインを含めての貴重な御意見を伺うのも楽しみの一つである。
どういうわけか、最近メーカー製ソリッドステートパワーアンプにパネルメータがついたものが多くなった。それかあらぬか、クリスキット、ソリッドステートパワーアンプにもメータを付けられるように、という要望がよく手元に届く。ステレオは音楽を聴くものであって、メータを眺めるものではない、と言って見たところで、所詮は趣味。いろいろな楽しみ方もあろう。管球式のように、球が並んで灯が入らないかも知れぬ。
この要望、東京地区でもかなりあると見えて、他日仕事で上京したついでに、鈴蘭堂に顔を出した時にも、直接パーツセットの販売に当たっている河野さんからも、この要望があった。お客様によく言われるそうである。音質に少しでも影響を与えるかも知れないので、と半ば聞き流してから数ヶ月、それとなく設計の検討をしていたところを見ると、自分でも多少の興味はあったのかも知れない。それに、従来からあるP-35は今まで通り各取扱い店で入手出来るのだから、音さえ良ければ、理論上不要なVUメータは付けたくない、 とする向きは今まで通りのP-35の方にしてもらえば良い、 というわけで設計したのが、ここに述べるP-35Mである。カット写真のように仕上げるのに、ひと一倍凝り性の私の要求を、嫌な顔もしないで聞き入れてくれて、その込み入ったシャーシを何度も試作し直してくれた鈴蘭堂の坪木さんに、お礼を申し上げたい。
メータその他の附属品がつくので、どうせ割高にはなるのだが、出来るだけコストを押えるために、同店のTR-2GM型シャーシの金型や部品を利用させていただいたが、クリスキットの持ち味をなるべくこわさないために、大分手を加えてもらった。
その上、キャビネット代わりの本枠も、合成樹脂化粧板より多少割高にはついたが、本物のつき板張りにした。
石油危機の折に便乗値上げがあってから、どういうものか、VUメータの値段が上がりっぱなしで、本来ならばこのあたりにももう少し手を加えたかったのだが、不必要にコスト高になるのを避けたかったので、従来から同型キャビネットにつかわれているR-55を使った。
組み立ても、いささか複雑になるので、従来から配線用実体図の他に、シャーシの組み立て詳細図を編集室に作っていただいた。図を御覧になれば、誰にでも組み立てられると思う。第1表がその使用部品の一覧表である。
設計方針について
前書きが長くなったが、何でも、ものを作るのに、その目的がはっきりとしなければ、良い結果は得られないと思うので、その要点について述べる事にする。
(1)メータや、ホンジャックを余分に取りつける事によって、ほんの少しでも、音質をそこなってはならない事。つまり、アンプの出口にスピーカ以外のものをとりつける事によって、少しもそのアクセサリーが回路に影響を与えない事。いろいろ調べたが、VUメータが、回路に影響を与えている設計が割合多かった。
(2)35Wフルパワーで、家庭でアンプを働かせる事は絶対にない。そこでこのフルパワー以外に、20W、10W、1W及びOpt.(Optionalの略)で、1W以下で鳴らす時にも、メータが、0VU(100%)まで振るように切り換えスイッチをつける事。
(3)ヘッドホンを差し込むだけで、スピーカの音が切れ、しかもプリアンプのボリュームはそのままで、ほぼ同じ位の大きさの音楽がヘッドホンで聴ける事。
(4)組み立て、配線が、メータ及びヘッドホン回路が入っているにもかかわらず、はじめてハンダゴテを持つ人々にも、容易に行なえる事。
(5)これ等の附属回路を取り付ける事で、SN比が少しも悪くならない事。
(6)誤った使い方をしても、メータを壊す事がない事。
(7)P-35の原回路を少しも変更しない事。
等の点を、常に念頭に置いて設計した。
回路について
クリスキット、 ソリッドステートパワーアンプP-35と全く同じであるから、同機に関する製作記事を合わせて読めば解かるので、特に、本機の製作のために必要と思われることがらのみについて述べる事にする。
(1)電源部
全回路図(第1図参照)で解かるように本機のオリジナルと違っているところの一つに電源部がある。35Wの出力を取り出すために±31Vの2電源である事に変わりはないが、後に述べるメータ用アンプヘの±12Vの2電源も同じ電源部から取り出す事は、回路図に示した通りである。複雑になるのを避けるために、本機にのみつけ加えた部分はそっくり別に示してある。電源部にある2本のツェナーダイオード(Zener Diode=定電圧ダイオード)RD-16Aは、万一何かのはずみで、IC回路に±12V以上の電圧が加わるような事があっても、 このツェナーダイオードを素通りしてアースしてしまう事により、 ICにはそれ以上の電圧が当たらないためのものである。
(2)メータ回路
VUメータを動かすのに、ずい分いろいろな回路が考えられる。市販品にも、製作記事にも複雑なものがあるがどうせ飾りもの以上の役にはあまり立たないものなので、凝ったものにして見ても、わずか数千円のVUメータに測定器並みの特性を求める方が間違っている。
その代わり、メータ回路の入力インピーダンスを、ミリバル並みの1MΩ以上にして、スピーカのそれの8Ωに比べて120,000倍以上に設定した。こうして置けば、回路に全く影響を与える心配はないからである。これは、パワーアンプを測定する折に、入力インピーダンス1MΩ以上のミリバルをつないでも、一向に回路に影響を与えない事と同じ考えである。
出来るだけ簡単に、 ローコストでしかもコンパクトにするために、NECのモノリシックIC、μPC33Cを採用した。このICは本来ステレオ用、2チャンネルのローノイズプリアンプのために開発されたもので、第2図に示すように、本体は20m/m×5m/m×6.420m/mという超小形でありながら、24個のトランジスタ、12個のダイオード、25個の抵抗体をパッケージしたものである。科学の進歩は正に驚異に価する。小形ながら、全段直結差動のOCL増幅器である。やたら石の数が多いようであるが、集積回路であるために、その安定動作のためのものも含まれており、Q11、Q10、Q7、Q1及びQ2がその増幅回路を形成している。
高級テープデッキ及びチューナ等に使ってあるものなので、読者の方々の中には、おなじみの方もあると思われる。裸のゲインは約80dB(10,000倍)とかなり大きく、本機では、820Ωと16kΩの二つの抵抗により深いNFBが掛けてあり、約26dB(20倍)のゲインを持たせてある。
こんなに複雑な回路も、ICであるために、小さなプリント基板を使ってわずかな外づけ部品だけで事が足りる。第3図がそのパターンと部品配置である。
(3)メータアンプ用アッテネータ
前述したように、家庭で、小出力で使用した折にでも、メータが0VU(100%)を指すためのアッテネータが必要になる。使用した抵抗値に、特別な数値の精密級のものを使って見てもメータのリニアリティーが、測定器のものに比べてかなり劣るので(かなり正確なものという事になると、VUメータ1個で、¥20,000位かかる)各標準値の精密級を使用した。したがって1,000Hzに於る出カレベルで1.5 dB位づつの誤差はある。要するに、音の大きさに比例してメータが振れる事が目的なのだから。
ピークレベルメータは、明らかに、アマチュアグレードと思われる程度のものですら、一台¥70,000位かかるので、本機のように、アクセサリーとして考えるのに全く意味はないので、省いてある。
Opt.のレベルを設けたのは、家庭でかなり大音量を出しても0.3W位なので、各自の好みの大きさの音で、メータが充分振れるように設計してある。アルテックランシングのA7のスピーカで、1Wの大きさの音を聴いた事があるが、24畳位あるリスニングルームで思わず耳をおさえる程の大音響であった。参考までに付け加えておくが、このことでわかるように、100Wのソリッドステートアンプを鳴らそうと思えば、少なくとも、雨天体操場より広い場所がいることがお解かりであろう。こんなことでアマチュアを愚弄するオーディオ評論家どもは、出来ることなら、必殺仕置人に渡したいくらいである。
そのアッテネータ切り換えの仕組みについては、回路図を参照して貰えば理解出来ると思う。誰が組み立てても誤配線にならないように、プリント基板にまとめて、 ロータリースイッチも後述するように、アルプスヘ特注した。
メータのターミナルに渡してあるツェナーダイオード(RD-4A)は、万一メータに4Vもの信号が当たった折に、そのダイオードがバイパスの働きをするので、メータを壊さないで済む。