2018
08.20

2018年8月20日 麻酔

らかす日誌

人間ドックに行ってきた。やはり、最大の難関は胃カメラであった。

検査は順調に進み、午前中に終わった。特筆すべきは

【体重】
減った。80.4kg。私の知っている私の体重を約3kg下回っていた。私は思わず言った。

 「俺、ガン?」

そういえば先日横浜に行った時、次女が

「お父さん、お腹のぽっこりが少しへこんだわね」

と璃子と声を合わせて言っていた。夏やせでもしたのかな?

【身長】
180.4cm。約1cm縮んだ。最高で182.5cmあったから、それから見れば約2cmの短縮である。180cmの大台を割り込む日が来るのかも知れない。

【血圧】
130−90。ほぼ正常範囲といえよう。下が少し高いか。
別に何もしていない。雑誌で見たピスタチオを食べているからかな? このナッツ、体内のナトリウムを排出してくれると書いてあった。だから体内の塩分が減り、血圧も下がってきたというのが一つの解釈である。本当かどうかは知らないが。

【肺気腫】
肺活量の検査があった身体いっぱい吸い込んだ空気を、最初はゆっくり、2回目は急速に吐き出す。肺の中に空気がんこらないように絞り出す。その結果、

「2回とも優秀ですね。評価はAです」

思わず私は問いただした。

「前回、桐生厚生病院で検査をした時は、初期の肺気腫だと言われたんだけど、肺気腫の疑いは?」

看護師さんは答えた。

「えっ、こんなに優秀なデータで肺気腫? そうなんですかねえ」

結果を告げると、あのO氏は、

「これでたばこを好きなだけスパスパ吸えるね」

と宣うた。いや、そういわれても、1日に紙巻きたばこを5,6本、パイプたばこを3,4回といった生活習慣がすっかり身についた。いまさら紙巻きたばこの本数を増やす気はない。肺がそれなりに健康なら、いまの生活習慣を変える必要がないだけである。

あとは、血液検査、尿検査などの結果待ちである。

ということで、胃カメラである。
この検査だけは別の病院に移ってやった。民間の小さな総合病院で検査をしたので、一つの病院だけではすべての検査をこなせず、病院間で提携しているらしい。

胃を除くすべての検査を終えて、この病院に移動した。待つこと数分、名前を呼ばれて小さな部屋に入った。

「ああ、胃カメラですね。初めてですか?」

看護師の質問に私は胸を張って答えた。

「ええ、胃カメラバージンです。まだこの玉体に不純なものを入れたことはありません」

私はどうも、堅い話で笑いを取ることで相手に媚びる癖があるらしい。まあ、いいか。追い打ちは

「それで、恐怖に震えています。検査の途中で逃げ出すかも知れません」

ここまで正直に話せば、私の恐怖感は充分に相手に伝わったはずである。

やがて検査室に通された。

「胃の中というのは何も食べていない時はたくさんの泡に覆われています。いまから2種類の、泡を消す薬を飲んでもらいます」

最初は水のような薬だった。次は水飴のようにドロリとした液体だった。
しばらくすると

「これから、2種類の麻酔薬を飲んでいただきます。はい、喉に麻酔をかけるのです」

そうか、喉に麻酔をかけるのか。そうだよなあ。胃カメラとは、先ほどの部屋で聞いたところでは直径9mm。1円玉より少し小さいだけだもんなあ。そんなものが喉から食道、胃に入っていったら、さぞ苦しかろうて。

「これはすぐに呑んでください」

やっぱり、ねっとりとした液体である。

「次の薬は飲まないでください。喉の奥の方に含んで上を向いていると、薬は自然に食道を降りていきます。10分ほど我慢して呑まないようにしてください」

スプーンで注ぎ込まれたドロリとした液体を喉の奥に送り込み、上を向いた。が、なかなか食道を降りていく気配がない。もっと上かと頭をさらに後屈するとやっと食堂の入り口に着いたようだ。喉を刺激されて、思わず飲み込んだ。少しだけだったが。

仕上げは右肩への注射であった。この薬液は、いつも動いている胃の動きを止めるのだという。ははあ、動くものは止めないと、ちゃんとした写真が撮れないのか。

10分ほどたった時、お医者さんが登場した。私はベッドで左を下に寝かされ、口には穴の空いたプラスチック器具をくわえさせられた。この穴から胃カメラを差し込むらしい。

「はい、では入れますからね」

強烈な光を放つ光源と一体化したカメラがプラスチックの穴を通り、ん? 喉の入り口に来たか? いかん、これはいかん。

「うえっ!」

2度えずいてしまった。後ろに控えていた看護師さんが私の背中をさすってくれる。そのままの状態で、カメラはどんどん奥に送り込まれる……。

ベッドに寝ていた私の頭の中には、一つのフレーズしかなかった。

「早く終われ。早く終わってくれ!」

恐怖に怯える私の両目はしっかり閉じられている。私の胃の中? そんなもん、見て何になる?

が、である。いかなる苦境にあっても、しばらくすると人間とは落ち着くものらしい。喉から食道にかけて何だか違和感がある。胃の中が温かくなったような気がして、胃の壁をつつかれているようなボンヤリした感じもある。だが、耐えられないものではない。呼吸は事前に看護師さんに命じられたように

鼻から吸って口から出す

を遵守しながら、違和感にも慣れて落ち着きを取り戻した私は恐る恐る目を開いた。1.5mほど離れたところにあるモニターに何かが映し出されている。そうか、これが私の胃の中か。よく見ると、まんざら醜くもない。むしろ、プリプリした新鮮な豚肉のようで美しくすらある。

おっ、このあたりはピンク色で健康そうではないか。あれ、ここにはたくさんヒダがあるなあ。この突起は何だ? のどちんこ? いや、胃の中にのどちんこが落っこちてしまったわけはない。ということは腫瘍か? 私、胃がん患者になるのか?

モニターを見ていると、様々な想念が沸き上がる。

「はい終わりました」

この間5分ほどだろうか。私の体内から胃カメラをすべて引き出したお医者さんが宣言した。

「大丈夫ですね。まあ、慢性の胃炎はあるようですが。詳しいことは後ほど」

後ほどの話は次のようなものであった。

「先ほどもいいましたが、慢性の胃炎があります。ほら、胃壁に赤い斑点がたくさんあるでしょう。それにヒダが多いところもある。これが胃炎です。多分、原因はピロリ菌ですね。あなたの年代になると6割から7割の人がピロリ菌を持ってます。胃がんの患者からは100%ピロリ菌が発見されますから、血液検査の結果と合わせてピロリ菌がいると確定したら治療しましょう。1週間薬を飲んでもらいます」

「ああ、あの突起ですね。あれはおそらく良性の腫瘍です。胃の表面の細胞を取っても良性か悪性かは特定できないので、今日は放っておきました。あまり心配することはないと思いますが、心配ならもっと大きな病院で検査をしてもらってください。私の病院にはそこまでの設備がありませんので。検査をしない場合は、1年に1回ぐらい胃カメラを呑んで様子を見ていけばいいと思いますよ。はい、多分心配ありません」

以上が、本日判明した私の現在である。

そうそう、これだけは特筆しておこう。
私の問診方を見ながら、少なくとも3人の医師と看護師が

「えっ、69歳? とてもそんなには見えませんねえ。お若い!

といった。
いや、それだけのことではあるが、何となく世の中がバラ色に見えてきた私であった。