2021
05.02

桝谷英哉のよもやま講座 マルチスピーカーの考え方 その3

音らかす

チャンネルデバイダーの問題点

筆者は今までネットワークの方が無難だ、と述べて来た。

音を分割する折に生ずる位相のずれ等によって起こる音の定位の問題点がその理由の一つである。マルチアンプによる再生音のうち、例えばピアノの音を聴いていると誰でもお気付きになった事と思うが、音があっちこっちに動くのである。

筆者の経験のうち、この現象の最も顕著だったのは台中市の大マニア某氏宅である。本人もこの事を自覚しておられると見えて、同行した数名の中国人にはそれぞれの席を指して適当に座ってもらっていたようだが、筆者には頑として一番うしろのアームチェアに案内する。何分旅行中で、連日の宴会で少々寝不足気味である。座り心地の良さそうなところで寝ってしまっては失礼である。

音出しの第一印象、音の定位がバラバラである。30畳以上の部屋で、スーパーウーハーを含む4WAY。スコーカーの左右あべこべに気付かなかったと見えて、第一バイオリンが右から出ている。まだエイジングが出来てないので、との弁解はとも角、左右入れ替えて、少しはましになったが、何とも聴きづらい音である。試みに他の連中の座っている場所に行ってみたら、音像がなおばらばらである。その後、仕事にあまり関係のない台中市へはあまり行く機会がないので、訪れてはこないので、どうしておられるのか知らないが、台北のマニアの中では知らぬ人がいない位だから、大マニアなのであろう。

結局、無難な方法として、筆者は2WAYの12dB/0ctのネットワークを選んだのである。

山根式チャンネルデバイダー

日本で生れたチャンネルデバイダ~の技術、山根教授の設計による回路がラジオ雑誌に発表されたのが、メーカー製マルチアンプ方式より10年も前の事である。

第3図がその基本回路である。本来は管球時代だった当時のまま、球によるものであったが、ソリッドステートアンプの進歩に伴ってトランジスータ~に置き換えられたので、島田公明著『オーディオ回路とその測定』(日本放送出版協会刊)に出ていたものを石に置き換えた。

第3図

筆者はここでこの回路にケチをつける気は毛頭ない。ある雑誌社の編集員に早合点をされたのであえて述べておく。回路理論に関しては、筆者如き未熟者がとやかくいえない程の大家の設計である。

問題はそのフィードバツクによる回路のアクティブ化だ。エミッターから同じトランジスターのベースヘ CまたはRでフィードバックが入っている。

ここでトランジスターの増幅作用について少々考えておかねばならない。第4図がそれである。話を解り易くするために真空管も並べてある。

第4図

話の解り易い球の方から考えよう。鍋に水を入れて、コンロに乗せる。勿論ガスに火をつけてである。水が暖まって水蒸気が出る。まわりの空気がつめたいと、水蒸気が冷えて湯気になるので判る。一枚の金属板をなべの上にかざすと、それに水蒸気がくっついて、水滴になる。真空管の動作はそれに似ていると考えると解り易い。ヒーターのフィラメントを熱するとそれにかぶせたカソードの温度が上かって、そこから電子が飛び出す。それがB+電圧を当てたプレートに集められる。そして、その電子の浮遊に逆行してプレートーカソード電流が流れる。

真空管の内部抵抗(インピーダンス)が高いので、数百マイクロアンペアだが、この電流は測定出来る。そこでグリッドがカソード電圧より低くなるが、グリッドに信号電圧が当たると、このバイアス電圧(グリッドの方がカソードより低電位になっている事)に変化が起こり、それに応じてプレート電流が増えたり減ったりする。そしてオームの法則通りカソードにつけられた抵抗体のカソード側の電圧がグリッドと同位相で、上ったり下ったりする。お馴染のカソードフォローアー回路である。これがトランジスターだとエミッターフォロアーと呼ばれる事は御存知の通りだ。

球の場合、ソリッドステー卜でも似たような事になるが、グリッド電圧がプラスになった折にはカソード電圧もプラス。逆にGの電圧が低くなればそれに応じてKの電圧も下がる。これで解るように、カソードフォロアーまたはエミッターフォロアー回路ではその出力信号は入力のそれと同位相になるものである。

ネガティプフィードバック(NFB)本誌の読者なら、おそらく何方でも御存知だと思うが、出力信号電圧または電流の一部を入力回路に逆位相で帰還させる回路技術である。もし誤って正位相でフィードバック(正帰還と呼ぶ)を掛ければその回路は発振している。管球式アンプを手掛けた人は一度はこの失敗をしたはずだ。

図で判るように、山根式では正帰還の状態で、回路ループのスタガー比(staggering)のちょうど良いところを選んで、カントオフ周波数付近に、ほぼ3 dB位ピークが出来る辺りにCLとRLの値を選ぶ考え方である(第5図参照)。勿論このピークが大きすぎれば、正帰還の原理通り発振してしまい、アンプとしては使いものにならないし、逆にピークの高さが低すぎたのではこの回路の目的が達せられない。まことに厄介な回路である。

第5図

何故そんな事をするのか。筆者も含めて、日本人は重箱の隅が気になる人種である。C—Rによるフィルターのカットオフ周波数の特性は、第6図の(a)に示したように、後に述べる計算値によって求められるカットオフ周波数で−3.01dB下がるようになっている。

第6図

ハイパスフィルターを例にとると、1,000Hzで−3.01dBの計算に合わせると、1,500Hzで−1.60dB、 2,000Hzで−0.97dBといった具合に角に九味を持ったカープになる事が解る。これをロ―パスフィルターと重ねると、図の(b)のように1,000Hzのところで、高さ3.01dBの逆三角形が出来て、その分だけ高低両スピーカーのつなぎ目に−3.01dB分の周波数の谷(ディップ)が出来る。図(b)の斜線の部分がそれである。

スピーカーの周波数特性のグラフを想い出していただこう。−3dBどころか、もっとひどい山と谷がある事に気がつく。スピーカーの周波数特性なんてものはギザギザの線になっている事を改めて認識して欲しい。ウソだと思ったら、ユニットの広告などを見ればお判りになる。

五本寛之氏の本に、重箱の隅というのがある。筆者が有名人であれば、彼より先にこの手の本を出したと思われる位面白く読んだ。筆者のいいたい事は、重箱の隅をいくら妻ようじでつついて掃除しても真中に穴が空いているのに気がつかなければ、なんにもならないという事なのだ。

山根式フィルターでは前述のように図の(c)のようなピークをこしらえてそれにもう一段フィルターを入れると図のように斜線の部分が1dBあまり少くてすむという考え方から発想している。昔の人の悪口をいうつもりはないが、こんなのを重箱の隅という。

発振ギリギリのところまで持って行って、音をにごらせ、定位を不安定にしてまで、この1~2dB分だけディップを少なくしようという考え方に問題がある。

クロスオーバー数を固定にしたとしても、その周波数に当てはまるCとRの計算をしなければならない。コンピューターで計算はわけなく出来るが、Rの方はまだ良いとして、Cの場合、ポリエステルフィルムコンデンサーでは、±10%の誤差のものでも入手が困難である。

チャンネルディバィダーというかぎり、カットオフ周波数が可変でなければほとんどメリットがないので、部品の入手、組立後のピークの高さの測定など、実に大変な作業と設備が要る。我々アマチュアは勿論、メーカーの大量生産上色々問題がある。

何回か市販品を測定してみたが、まともなのには一度もお目にかかつた事がない。上の理屈から考えれば当然である。大量生産出来る品物ではない。

最近、市販品のディバイダーが少くなったのもうなづける。直接記事を読んだ事はないが、読者からの質問で知ったのだが、ディバイダーはクロスオーバー周波数固定式の方が音が良いという説が最近話題になっているそうだ。これが上の理論によるものであろう事は賢明な読者にはお解りいただけるように、固定でも大変なのに可変式にすれば部品の数とその精度のために不安定なものしか出来ない事は火を見るより明らかである。

オーディオマニア

しからば、わずか1〜2bBのディップのために、何故こんな面倒な事をしているのかという疑間が、マニアでない方なら生ずるはずである。

恋は思案の外。(All is fair in love and war.)洋の東西を問わずこの言葉がある。“あの冷静で頭の良い方がネー。女に狂った” という話は世界中にころがっている。

マニアとは初めから狂った人種だから、こんなに不安定なものでも、“やはりアクティブフィルターじゃなきゃ芸が無えってもんだよ” とおっしゃるから、日本国中のディバイダーの95%以上が山根式。

これで音のタメに良いわけはないよ。

桝谷先生、えらそうな事をおっしゃると思われるかも知れないが、クリスキットのCDV-102を世に出してから、ほぼ500名の愛用者が出来た。そのうち10軒ばかりは自分から出向いて試聴に行った。中には市販品又は自作品をお持ちの方も居られて、比較試聴も出来たことからこの自信が出来たのである。

誤解を避けるためにもう一度いう。読者の中には記事を良く読まないで、とんでもない質問をしてこられる人が居るので……、山根式が悪いといっているのではない。発振寸前まで持って行かなければ、理想の肩特性が得られない上に、音の不安定を考えないでわずか1~2dBの谷を気にしたり、回路知識もなく、しかるべき測定器も持ち合わせてない者が、アクティブフィルターでなきや芸がないとおっしゃるマニアの真似をしていたのでは良い音には巡り合えないものだ、と警告しているのである。

このへんを詳しく知り度い方は、前述の『オーディオ回路とその測定」の263〜292ページをお読みになると良い。ただし、交流理論の初歩位はお解りになっていないと、少々難解かも知れぬ。デバイダーかネットワークかという大きなテーマに取り組むのに少くともこれだけの予備知識がなければどちらに決めても良い音は出ないからである。