2021
05.04

桝谷英哉のよもやま講座 チャンネルデバイダーの基本回路 その1

音らかす

デバイダーかネットワークか

今まで筆者は、文句なしにネットワークに軍配を上げて来た。先に述べた問題点は、CDV-102及びCDV-102aでは、山根式とは全く違う回路なのだし、ここ数年間に500台ばかりの実績があるので全然心配がないのに、デバイダーにあまり賛成しなかった。

理由はこうである。日頃、3WAY、4-WAYのように2-WAYよりスピーカーの数を増やすと、必ず音と定位とにごりにぶつかると述べて来た。その考えは、1970年に初めてラジオ雑誌に原稿を書くようになってから、今も変わっていない。

CDV-102の製作について1980年2月に電波科学誌に記事を発表して以来、ごく最近まで、デバイターとは3-WAYと、自分で気がつかないうちに決めていた。私とした事がと自分でも不思議に思っている位だ。

クリスキットを世に出して以来二度目の失敗である。以前から筆者の記事を読んで居られる方々は御記憶だと思うが、プリアンブMark 7の製作記事を1975年10月に電波科学誌に発表した折に、Phono 2系統を設けていた。毎日聴いているうちに、これが高域のにごりの原因になっている事に気がつき、間もなくMark 7aと改名し、Phonoを1系統にして新たに記事を書き直した事がある。

オーディオショップのリスニンクルームで、カートリァジの鳴き比べ、(鈴虫の話みたいな表現だが……)のために、大きなターンテーブルにトーンアームを3本並べたのがある。こんなのを真似したがる人の中には、コンプレックス(=inferiority complex)を感じている人々が多い。あまり利口なやり方ではない。

日頃マニア嫌いを自負している筆者がマニアの顔色をうかがって、不要どころか有害なこの回路を無意識のうちに採用していたのである。謝ってすむ問題ではないが、誤ちて改まるに憚(はばか)る事なかれ、中国の諺に免じてお許しいただいたつもりである。西洋にも Never too 1ate to mend a mistakeというのがある。

お陰でそれかキッカケとなって、Mark‐8になって、飛躍的に性能が良くなったのを機会に、電波科学の1980年6月号に弁解じみた説明を発表したのだが、その頃から同誌がオーディオ離れを始め、マイコン中心の雑誌に変身しつつあった頃なので、お気付きになっていない方々が多いらしい。いずれ近いうちにソリッドステートブリアンプについて、参考になると思われる事柄をまとめるつもりである。

謝まってばかりいても話は進まない。説明を続けよう。

今までに愛用者カード、電話などで3-WAYはまだか、と言ってこられる人かわずか7~8名。何の事はない、設計者かひとり、マニア様達の顔色をうかがっていた事になる。それなら、はなから設計の方法があったのに、何ともだらしのない話である。

コストアップのハンディキャップはあるが、2-WAYと限定した上で、音質の点ではここに述べるテバイダーの方に少々軍配を上げる事か出来ると思う。といってもMark 7を8にやり替えた程の事はないので誤解のないように。今まで筆者の指針にしたがって、ネットワーク法で満足して居られる方々は、無理にやり替える必要はない。

改良したテバイダーの設計により目立って良くなった点は、少々音量を上げて、フルオーケストラを聴いた折に、管楽器と絃楽器が一せいにフォルテで鳴った時のそれぞれの音の分離がかなり良くなった事である。

高低音の位相が180°ずれる点はネットワーク、デバイダー共同じだが、デバイダーでは回路インピーダンスの比較的高い場所にフィルターが入っているのに対して、ネットワ~クではスピーカーの8Ωという非常に低いところに挿入してある点の違いが上記のようなケースに対して有利だったのだと思う。アッテネーターの責任も無視出来ない。

このあたりになると、理論で説明のつかないもので、アンプ組立時の部品の配置によって音が変わるのと同じで、ノウハウに属する分野だとお考えいただきたい。

チャンネルデバイダーの基本回路

山根式デバイダーについて考えるのに普及度の一番高い山根式についてひと通り知っておく必要がある。第7図がその基本回路である。筆者はこの回路に賛成していないし、前回に述べたフィードバック回路がハイパスではRHローパスだとCLによって形成されているのがお解りだと思う。これによってカットオフ周波数付近にピークを作って、CH/2.5及び2.5RLによって、いったん持ち上がったピークを引っぱり下け、さらにCH-2とRH-2及びRL~2とCL~2によってもう一度引っばり下げて18dB/oct.のフィルターを構成している。

第7図

この回路で、故意に発振気味な肩特性を作るあたりが充分な測定装置とそれを使いこなす技術を持ち合わせていてかなりシビアーな点検をしながら作らないと、どうしても不安定なアンプになってしまう。

周波数固定ですら問題があるのだから、クロスオーバ=周波数を可変にする事は非常に成功率が低い。部品集めに至っては、とても実用的ではない。

最近デバイダーが市販品からほとんど姿を消し、クロスオーバー周波数固定の方が音質上有利だという説まで出てきたのもうなずける話だ。

こんなに簡単な回路でアクティブフィルターが構成されており、しかもそれが30年近く前に考えられたのは確かに偉大な事ではあるが、理論上はともかく実際に満足出来る音を生み出すのには問題の多い回路だと筆者は思う。

ついでに述べておくが、2WAYの周波数固定ですらこんなに問題の多い回路なのだから周波数を可変にしてその上3WAY、4WAYにしたものから安定した音質を求めるのは無謀な話である。

こんな事も筆者がマルチアンプに近ず(づ)きたくなかった理由の一つである。

前回にも述べた通り、3WAYを全く無視する気になった現在、過去3年余りのクリスキッ卜CDV-102の実績の上に立って、改めてチャンネルデバイダーを見直した上で本項をまとめている。そのつもりで読んで欲しい。

チャンネルデバイダーによるマルチアンプの利点

デバィダーがネットワークによるマルチスピーカーに比べて優れている点は、周波数が可変である事がまず挙げられる。拙著『ステレオ装置の合理的なまとめ方と作り方』の91~115頁にも詳述したが、コイルに中間タップを設けて、ある程度の切り換えは不可能ではないが、実用上無理がある。

次に考えられる問題点はアッテネーターである。筆者が愛用しているパイオニア製AS-8も市場から姿を消した。商品コストの割に見栄えがしないし、売上の絶対数もそんなに大きくはない。しかもこの部品が音質上非常に大切なのだから始末が悪い。現に、本誌11月号に説明したアッテネーターについても、現在までに問い合わせがあったのは20名あまり、これではパーツセットにまとめるのは非常に難しい。お問合せのあった方々には、とり合えず−12または−14dBの固定式アッテネーターを使っていただくようにお返事はしておいたのだか……。

クリスキットでパ~ツセットにまとまるまで、取り合えずコーラルのアッテネーターをテストして見ようと思っている。

最後に考えられるネットワークとデバイダーの相違点は、フルオーケストラのフォルテの折に絃楽器と管楽器の分離が多少音量を上げた時に良くなる事である。何度もいうように、3WAYではどんな回路を使っても両者共うまくないのでもう一度ことわっておく。

勿論この音の分離の点と、マルチアンプにする事に要するコスト高については、各自の判断によるもので、設計者としては意見はひかえたいし、コストパフォーマンスについては少々問題がある。