2021
07.04

徹底的に音質を追求したソリッドステートパワーアンプ 回路編の3

音らかす

出力段

ソリッドステートアンプが始めて市販されるようになった頃、アウト・プットトランスを利用したB級アンプが幅をきかせていて、今だに選挙演説などの拡声機などに使われている。その後、A級アンプが出たりしたが、最近は、その良さが認められた為か、殆んどがOTL(OUTPUT TRANSFORMER LESS)に落ち着いたようで、第6図に示したような、一電源、二電源方式のOTLアンプの出力段を持ったアンプが主流を占めていたのも、つい最近の事である。

第6図

最近、大きな出力を取り出す事が出来るコンプリメンタリーの出力石が出まわって来るようになって、ますますトランジスタならではの、すばらしい回路が考えられる事は、私等少しでも良い音をと望んでいる、オーディオリスナーにとっては、大きな福音と言える。

そこで、この段の動作を考えて見る。第7図がその抜き画きである。第5図bと並べて考えると、より分かり易いと思われる。Q3とQ5のベース同志(「同士」の誤り)を電線で短絡して見る。両方のエミッタ抵抗R-10(100Ω)とR-11(100Ω)がつながっていて、先に述べた差動アンプの働きで、0Vになっているスピーカ・ラインの上にある為に、その中点にあった+1.2Vと−1.2Vは中央に引き寄せられて0Vになる。こうなるとQ4、Q5、Q6及びQ7の石には全然コレクタ電流が流れなくなって、信号が入ったときのみ、電流が流(「れ」が抜けている)る事が、実験して見ると簡単に分かる。つまり、B級増幅である。製作の項で述べるように、 クロスオーバー歪みが出て、すこぶるきたない音になる。選挙演説の音が耳ざわりになるのは、この為である。

第7図

回路について、くどくど述べる理由は、今迄の経験上、製作中にうまく行かない事があった時、闇雲にあっちこっちを、いじりまわした上で、長い長いお便りを戴いて、返事をしろと言われる事が多く、一通、一通、返事をしているのも、我乍ら誠に御苦労な話で、それ等の方々に、御返事をさし上げる代りに前もって説明をしておいた方が良いと思ったからである。

本機ではA級近くに、出力段のコレクタ・アイドリング電流(「を」が抜けている)130mA流さなければならないので、Q4、Q5にそれぞれ+1.2V、−1.2Vのバイアス電圧を掛けるわけだが、話の順序としてSEPPのコンプリメンタリーペアのドライバー及び出力用トランジスタについて説明を要する。

これは、真空管では絶対に考えられなかった回路でトランジスタの大きな利点の一つである。増幅段の時に述べた、2SC959は、NPNの石で電流はコレクタからエミッタヘ流れる性質を持っているが、Q5に使ってあるドライバーの石2SA606はPNPに属しており、エミッタからコレクタの電流が通るようになっている。いってみればNPNと全く逆の働きを持っている。だからコンプリメンタリーが組めるわけである。

そこで、Q4とQ6、Q5とQ7を、それぞれダーリントン(Darlington)を構成しているので一つの石と考える事が出来るからQ4とQ5のベースにそれぞれプラス、マイナスのバイアス電圧を掛けると、上下の石に電流が流れはじめ、そのバイアス電圧がそれぞれ±1.2Vになった時に、コレクタのアイドリング電流が130m Aになる。普通この電流は30m A位流すのだが、本機では音質向上の為、その4倍以上流す事によって、A級増幅に近づけてある。

このバイアスは、3個のダイオードシリコントランジスタ(2SC984のベースエミッタ間を代用してある)とB100Ωの半固定抵抗により用してあって(意味不明)、第8図にその部分の詳細を示して置いた。通常、シリコンダイオードに電流を流すと0.6Vの電位差が出るもので、それを3個並べると、1.8Vとれるもので±1.2V、つまり、2.4Vとの差0.6V分がB100Ωを半固定に得られるように設計してある。

第8図

半導体には、一般に温度が上がると、その抵抗値が少なくなる性質があるので、何かのはずみで、Q4~Q7に過電流が流れ、温度が上がってくると、その温度が直接三個の2SC984に伝わってその抵抗値が小さくなり0.6V×3の電位差が保てなくなるので、Q4とQ5のベースバイアスが少なくなって、もとの130m Aに自動的にもどるわけで、いわゆる温度補償の働きも兼ねている。これも出来上ったアンプのコレクタ電流を計りながら、ヘアドライヤーでヒートシンクを暖めると、 コレクタ電流が下ってくるので、簡単に実験出来る。

ところで、先に述べたように、トランジスタには、ベースにバイアス等の電圧がかかっていない時は電流が流れないで、その電圧の大きさに応じて、コレクタ電圧が出るようになっているので、先程のようにバイアスを0Vにした時には、信号電圧(トランジスタでは電流が流れるのだが)が入って来ると、Q6の方はプラスの時に、Q7の方はマイナス信号で、それぞれ波形を描く。これが出力波形である。この時に上下の石の特性が揃っていないと、サインウェーブ(Sine wave)の上下の波形の大きさが合わなくなり、歪みとなってあらわれるのは勿論の事で、ひどい時には、第9図のように、波形の片方が先にクリップする事がある。

本機は35W(KF>0.5%)(可聴用周波数帯域の出力歪率が0.5%になるまでに35Wとり出せるという意味)であるから、アイドリング時に62Vの電源電圧が必要で、二電源方式であるから±31Vを加えなければならない。NECのダイオード6B4DM(第10図参照)によるブリッジ型整流によった為、トランスの二次側にセンタータップの付いた、22V-C. T.−22V(2.2A)のトランスを使用しなければならない。

第10図

Q4とQ5、Q6とQ7は、それぞれ全く逆の性質を持つコンプリメンタリーになっているために、Q4、Q5に同位相の入力を入れるだけで、サインウェーブ(Sine Wave)の上半分が入った時にのみQ4が働き、下半分でQ5に信号電流が流れる仕組みになっている。これはトランジスタ独特の物で、そのために、管球式アンプのように、位相変換回路(Phase  Converter)を必要とせず、従ってACバランスの点でも大いに有利になる。

ダーリントン結合(Darlington)も管球式と同じように直結回路で、理屈の上では1個のトランジスタと考える事が出来る。回路図で分かるように、エミッタ・ホロワ(Emitter follower)になっているが、出カインピーダンスが低く、歪みの点でも有利である。Q4、Q5のエッタ抵抗、100Ω(R-10、R-11)は出力段にベースバイアスをかける為のもので、Q6、Q7エミッタに入っている抵抗、0.5Ω(R-12、R-13)は本来、出力用のトランジスタ保護の為に考えられたものである。最近、トランジスタが丈夫になったので無くてもかまわないし、スピーカ・ターミナルがショートしても石が飛ぶ前に、ヒューズが飛ぶようになっているが、抵抗値が非常に小さいので邪魔にもならないので採用した。

このようにして得られた出力信号の一部が33kΩ(R-5)と1kΩ(R-4)で分割されて、Q2のベースに交流帰還(NFB)されるが、出力が充分に大きい時は、帰還後のゲインは33kΩ/1kΩ、つまり33倍(30.3dB)と考えてもいいから、35W/8Ωの時の交流電圧は、E2/Rの公式から16.73V2/8Ωと分かり

16.73V÷33=0.5V

つまり、最大出力時の入力感度は、0.5Vになる。

35Wだとパワー不足だという説がある。いくら、ブックシエルフ形の能率が悪いと言っても、これは多少コマーシャルじみた話で、最近メーカー同志(「同士」)の競争に、¥1,000/Wなる計算が時々顔を覗かせる時代になってみれば、電気に弱いオーディオマニアを、ごまかすのに都合の良いネタになっているのだと私は思う。

50Wが35Wの1.4倍で、100Wが35Wの2.8倍だと思ったら大間違い。E2/Rから見ても分かるように、35Wの時が16.73Vで、20Vあると50Wだから、その差は1.2倍で、28Vで100Wとすれば、100Wは35Wの1.7倍しかないという計算に、お気付きになった方があるだろうか。

しかも、4Ω負荷の場合、 8Ωで16W(35W)の電圧が、少し落ちたとして、二乗を4で割ると、50W近い、カタログ表示が出来る事になる。

こんな人々の中に、せいぜい3Wしか出さない2A3のシングルの音が良いと言われる向きがあったり、8Wそこそこの300BのシングルA級の音は、とおっしゃる方々が多いのは、計算というものに弱いからだけなのだろうか。とかくオーディオ雑誌とは罪作りな存在だと私は思う。

最近はもっと質の悪いメーカーがいて、75W(4Ω)なんて広告をする。E2/Rが出力(W)であり、トランジスタだと4Ωでもそんなに出力電圧の落ちない事から分母を8Ωから4Ωと小さくすると、それだけWが大きくなることを利用して75Wと来る。悪く言えば、素人だましである。現在スピーカ市販品の大半は、 8Ωだった筈である。

ワット当たり¥1,000のトランジスタアンプがコストパフオーマンスが良いとすれば、 8W+8Wステレオの300Bモノーラルアンプの製作費が¥250,000として、ワット当り¥15,600という勘定になる。こんな事から、マニアを手のつけられない気狂いに仕立て上げるオーディオ評論家の事を、 イカ銀と呼んだらいけないだろうか。(イカ銀とは、夏目漱石の『坊っちゃん』に出て来る)

電源部

管球式の時も同じであるが、ソリッドステートアンプでは、電源部のレギュレーションは、非常に大切である。本機に特性の電源トランスを使ったのは、その為である。コイルに良質の電線を使うことにより、容量を2.5Aの余裕をもたせる為に、特に仕様を指定して特注した。

ダイオードにNECの6B4DMを採用したのは、作り易いというだけでなく、3Aもの許容量がある為に、P-25の時に見られた、スイッチオンでのラッシュカレント(Rush current)による、ブーンという唸り音は全く出なくなった。

この事は、最近問題にされているトーンバーストスルーレート特性の向上に、大いに役立ったようである。良い品物を作るのには、良いパーツを、 というわけである。

幸いメーカー製のアンプや、キット製品と違って生産原価にしばられる事がないので、商策抜きで、自分の納得の出来る物が作れる。この辺が自作アンプの良さだと私は思う。

トランス、ダイオードだけでなく、製作編でも述べるように、抵抗一本にしても、少々贅沢だと思ったが、 リケノームのG級(±2%)を使った。市販品のように5~10%ものだと、五分の一位のコストなのだが……

以上で回路の説明は終わるが、次号でその製作に関する注意事項などについて述べるつもりである。

以上、電波科学 1974年2月号