東京経済部編・3回目

東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の44 ペンを手放す日が来た

経済部におさらばする時がやって来た。記憶を整理すると、1998年ではなかったかと思う。それとも1999年だったか。ある日...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の43 経済同友会夏のセミナー

経済同友会は毎年夏、軽井沢でセミナーを開いていた。会員である経営者の勉強会である。我々財界担当記者も、このセミナーを取材...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の42 記者会見は公の場である

記者には様々なタイプがある。記者会見で質問しない記者がいる。このタイプは2つに分かれる。1つは、「俺の関心事を他社の記者...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の41 帰国の2

〈ポーランド = あれこれ〉 ワルシャワの町を見る暇がない。取材で人に会いに行く車の窓からながめる程度。だからワルシャワ...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の40 帰国の1

ここから先はワルシャワでパソコンに入力しながら送信の時間がなく、帰国後に送ったメールを元にしているようである。中欧取材旅...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の39 小林一茶

今回は、中欧取材旅行報告の山場であります。名付けて「日欧文化比較論」。もちろん、掘り下げた考証を重ねる知識などありません...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の38 シュコダ社での取材

【10月13日】6時前に目が覚めた。メールを書き、荷物をまとめ、7時半頃朝食を取りに町に出た。ところが、どの店も開店は8...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の37 クッ、クッ、クッ

【10月12日】昨日の続き。このホテルは、ゴクミ(国民的美少女=後藤久美子)とアレジも泊まったそうだ。だから何だというこ...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の36 国立オペラハウス

私は、ブダペストで経団連の一行から離れ、独自取材の旅を始めた。「折角旧東欧に行くのなら、独自取材してさ、ソ連のくびきから...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の35 マイケル・ジャクソンの新婚旅行

【10月10日】まず、ルーマニアで書き残したことを少々。ここもパトカーの先導で、バスで移動した。いや、実に速い。ちなみに...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の34 トイレットペーパー

【10月8日】 P.S.(解説)P.S.=追伸迎賓館のトイレットペーパーは博物館ものだ。新聞紙ほどではないが、固い。不揃...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の33 ルーマニアの迎賓館

【10月8日】7日は午前5時半起きだった。6時にラゲッジダウンして、7時にホテルを出てフランクフルト空港へ。ドイツの朝は...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の32 なぜか、ワーゲン

【10月6日】 ドレスデンのホテルから、バスで南西に走り、フォルクスワーゲンの工場があるツヴィカウへ。工場を視察。新型パ...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の31 プラハを歩く

【10月4日】 まず、昨日。午前中、プラハ城、カレル橋を見学。ゴシック様式の壮大な城、内部の造作、ステンドグラスに西洋の...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の30 チェコのビールは美味かった!

財界担当は2〜3年続いたと思う。経済部記者としての最後の担当になり、50歳にして取材現場から外されるまではずっと財界担当...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の29 平岩さんは色っぽい爺、であった

平岩さんの会長室の執務机の上には、常に10数冊の本が平積みしてあった。恐らく、これから読もうという本なのだろう。私が会長...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の28 平岩外四さんと親しくなった

もう一度平岩外四さんに触れておきたい。東京電力会長で、第7代経団連会長だった平岩さんである。前に書いように、私が平岩さん...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の27 経団連会長に必要なお金

歴代の経団連会長を並べてみよう。初代:石川 一郎 (日産化学工業社長)第2代:石坂 泰三 (東京芝浦電気社長)第3代:植...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の26 夏の経団連フォーラム

経団連は毎年夏、御殿場の経団連ゲストハウスで夏のフォーラムを開いていた。会長をはじめとした幹部が揃って出席、講師を招いて...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の25 神田取材センター

少し矛先を変える。財界を担当している間、私のたまり場は神田取材センターだった。取材先に部屋と電話を提供されているのがほと...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の24 名社長の条件

財界を担当して、最大の仕事は経団連会長人事だったのかもしれない。いろいろと経済団体の提言などを記事にしたが、あまり記憶に...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の23 今井さんは引き受けてくれるでしょうか?

抜かれた。抜かれたら、追いかけて記事を書かなければならない。だが、外はまだ真っ暗。草木も眠る丑三つ時である。なにしろ、ま...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の22 私は経団連会長人事を抜かれた

豊田章一郎さんからバトンタッチを受けて第9代経団連会長になったのは、新日鐵会長の今井敬さんである。私はこの会長人事を抜か...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の21 鉄は産業の米か

経団連会長の任期は1期2年である、豊田章一郎さんが2期目に入った1996年からは、誰が次の財界総理になるかが関心を集めた...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の20 財界と企業献金の話

財界を取材する上で、企業の政治献金の話は是非ものである。経団連は長い間、政治献金の取りまとめ役だった。経団連が各業界団体...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の19 豊田経団連会長の追い出しコンパ その2

追い出しコンパ当日。私が提案し、私が企画し、私が動き回って実現した宴会である。進行役も当然私の仕事になる。追い出しコンパ...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の18 豊田経団連会長の追い出しコンパ その1

勢いに乗って、豊田章一郎さんの話を続ける。豊田章一郎さんが、平岩外四・東京電力会長のあとを継いで経団連会長に就任したのは...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の17 豊田章一郎はプロレタリアートか?_

前回は、豊田章一郎経団連会長の発言を批判した記事について書いた。新聞記者には批判精神は是非ものである。しかし、良いものを...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の16 規制緩和と車検制度

規制緩和が当時の流行語だったことは前回書いた。そんな時勢柄、経済団体の記者会見では、規制緩和がらみの質疑応答が繰り返され...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の15 私は財界担当になりました

私は財界担当になった。取材対象は、経済団体連合会(経団連)、日本経営者団体連盟(日経連)、経済同友会、日本商工会議所であ...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の14 また建設省担当にになった

経済部長は約束通り、6ヵ月で私を経済部に呼び戻した。新しい担当職場は、再び建設省だった。「またかよ!」と思わぬでもなかっ...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の13 新年1面企画を書けと命じられた

私が記事審査室員になったのは10月。半年の約束だから、翌年3月までのおつとめだ。そう思っていたら、11月末頃、経済部長か...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の12 記事審査室に異動になった

「大道君、記事審査室に行ってくれないか?」と経済部長に言われたのは、ウイークエンド経済のデスクを務めて1年近くたった頃だ...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の11 あの日は忘れられません

朝日新聞社のコアタイムは、9時〜17時、10時〜18時の2本立てだった。職場の実情に応じて、どちらかを選ぶ。というのが立...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の10 デスクという仕事

①ウイークエンド経済編集部にはデスクが2人いて、週替わりでフロント面を担当した。②ウイークエンド経済は土曜日の夕刊に掲載...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の9 2冊の本が届きました

先日Amazonに注文した栗原さんと赤池さんの本が届いた。「お医者さんの食卓」(朝日新聞社)と「ものづくりの方舟」(講談...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の8 山本夏彦さんのこと

ウイークエンド経済時代の話を書いている最中に、「ウイークエンド経済」を論じた文章にぶつかった。再読を始めた山本夏彦さんの...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の7 タクシー運転手を殴ったヤツがいた

おかしなウイークエンド経済部員がいた。いや、おかしいというのは私の主観である。他の人から見たらおかしくはないのかもしれな...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の6 十読しても分からない原稿と格闘した話

栗原さんと赤池さんは私が発掘したコラムニストである。当然私が担当する。毎週締め切りまでに原稿を受け取り、必要があれば直し...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の5 「ものづくりの方舟」の話

栗原さんを初めて訪ねたのと並行して、私は赤池学さんとも会った。I 編集長に渡された「メルセデス・ベンツに乗るということ」...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の4 「食楽考」は素晴らしいコラムだった

次は「食」である。八重洲ブックセンターで私は、これは、と思える2、3冊の本を買った。その中に書名は忘れたが栗原雅直さんの...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の3 コラム欄の新設を命じられた

当時のウイークエンド経済の編集長をIさんといった。東大卒。私などとても及ばないほど頭のいい人ながら、出世欲は極めて薄い、...
東京経済部編・3回目

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の2 初めての老眼鏡を買った

人の記憶とは不思議なものである。古いことはよく覚えているのに、新しくなると徐々に記憶が混乱してくる。そしてある時点から再...
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私と朝日新聞 3度目の東京経済部の1 妻女殿が入院した

さて、3度目となった私の東京での仕事は、悲惨な話から始めなければならない。私が東京に帰任した直後、妻女殿が入院されたので...