05.08
桝谷英哉のよもやま講座 マルチスピーカーの考え方のⅡ その1
エミッターフォロアー回路
第13図を見ていただこう。10kΩ 2本による抵抗分割回路を2段重ねたものである。図(a)の左半分だけを考えると、10kΩ 2本をZ1、Z2とすると、Z2/′(Z1+Z2)の計算から、2本の抵抗により信号電流か半分になる事が解る。これを2段重ねにすると半分の半分で1/4になるのではないか、という気かする。錯覚である。
前に並列抵抗の合成抵抗値について述べた事を想い出していただきたい。図のbを見る。R1は10kΩ1本なので10kΩは10kΩである。問題はない。問題はR2、R3及びR4の3本だ。左側から見ると、10kΩと10kΩ+10kΩが並列に入っているので10kΩと20kΩの並列合成抵抗値は10×20/(10+20)=200/30=6.7kΩだと判る。
とすれは、A点における減衰量はZ2/( Z1+Z2)から、6.7/(10+6.7)=0.4倍になる事も計算通りだ。B点ではそれの1/2だから0.2倍(1/5)になる事もはじき出せる。予定の1/4分の1にはならない事に気がつく。
この回路はすべての素子が純抵抗ばかりなので1/1にすべき所が1/5になるだけですむのだが、ハイパスフイルターではR1、R3のところにCHが入っているので、ネットワークの働きが周波数の変化によって大きく狂ってしまう。
前回の山根式フィルターに、2本目のCを1/2.5の値のものを採用してあり、2本目のRに2.5倍の値のものが選んであるのは、上の問題を少しでも補おうという考えから生れた便法である。クロスオーバーの逆三角形には細かい神経が使ってあるのに、ここんところは便法がとられている。重箱の隅。頭かくして尻かくさず的発想のような気がする。
製作記事の中には、1/5C、5Rが採用されているものもある。上記の問題点を少しでも改善しようという考え方によるものだと思う。賢明な策だ。
本機では、上記の問題点には全く関係のないようにフィルター1段毎にトランジスターのエミノターフオロア~回路を入れてある。しかも、 トランジスターの入カインピーダンスかフィルターのそれの10倍以上の値になっているので誤差が非常に少なく、設計希望通りの周波数特性を得る事が出来た。
第14図に(5)式を使って2段フィルターによる−6.02dB(−3.01の半分)になる周波数をRHの変化に対したHzで表わしてある。それぞれの周波数は、聴感上でも都合の良い数値になっている事は、本項の終わりに測定値のグラフをごらんになればお判りだと思う。
筆者は何もここで数値上で重箱の隅をつっつくつもりはない。どうせ計算するのなら、正確なものを設計すべきだと御理解いただけると思う。
エミッターフォロアーを入れたのにはもっと良いメリットを考えたという理由がある。
全回路図でもお解りの様に、音の定位を不安定にするおそれのあるフィードバック(ポジティプ)を全然掛けていない。単純なパシブフィルターにより回路をまとめてある。どうせ作るならアクティブというカツコ良い回路より、回路を活性化する事で音の定位を不安定にする要素のない、無難なパシブ(=受動性又は不活性の意)の方を選んである。
クリスキット10年の間守って来た『良い音を作ろうと、りきむより、悪い音を一つ一つ無くしたら良い音になる」というポリシーは変ってはいない。
エミッターフォロアーの直流動作
第8図をもう一度見てみよう。今度は直流動作である。仮にVccを30Vとしよう。もし2本の200kΩの抵抗が入っていなければ、このトランジスターのベースにはVcc電圧が当らないので、B(ベース)の電圧はゼロ。その石のコレクター電圧が30Vになるだけで、その石は何の動作もしない。トランジスターは、B—E間にある値の電流を流すと、そのhfe倍の電流がC—E間に流れる性質を持っている事を想い出してぃただこう。そしてその折に、Bの電圧がEのそれより約0.6V高くなっているものだ。
図では、VccからBまでが200kΩ、Bからアースまでが同じく200kΩ。抵抗分割の法則通りBの直流電圧が1/2Vccだから15Vになる事が判る。そしてEがそれより0.6V下って14.4V。このBの電位が信号電圧を受けて上ったり下ったり。そしてそれに応じてEも上ったり下ったり。これをエミッターフォロアー回路といい、その入力インピーダンスが2本の並列(交流に対して)に入って100kΩになっている、と解ったら、本機の回路は理解出来たようなものだ。ついでに、パワーアンプの最大入力がほぼ0.5VACなので、このエミッターフオローアーのE信号も、最大0.5VAC分だけしか必要ない事も判る。この回路からは10VAC位とり出せるので20倍ばかりの余裕がある。音の良さの要素の一つ。
そして、まことに単純なインピーダンス変換回路である。良い音を作ろうとするより、悪い音を出すまいというクリスキットの原則がここでも活きている。
回路構成について
実はこの説明を今までに交流理論について何の予備知識もない人々にも理解してもらうタメに、原稿を編集室へ送る前に新仮名づかい等の訂正も兼ねて、取引先の銀行に勤めておられるお嬢さんに目をを通してもらうことにしている。彼女に解らない点は出来るだけ易しく手を加えた方が良いからだ。
トランジスターのエミッターフォロアーの直流動作が良く解らなかったらしい。少々手を加える。
第16図がそれてある。30VのVcc電圧が2本の200kΩの中点で、その半分の15Vになる事は判る。つまリトランジスターのベース(B)がBの高さ、つまり15Vに保たれている。この時は入力信号電圧はゼロと考える。
この15Vの電圧。水の流れと同じように低い方へ流れる性質があって、 トランジスターのBからEへそしてアースヘ流れ込む。トランジスターには、B—E間に流れる電流値のhfe倍(100~500倍と理解すれば良い)の電流がコレクターからエミッターヘ通る事は以前に述べた。
B—E間には電流の量が少ないので、B—E間の電位差は0.6Vで、Bの15Vに対してEは14.4V。 C—Eの方はそれよりはるかに大きいので30Vに対して14.4Vと考えると解り易い。この折にEの電圧がCのそれの約半分になっている。エミノターフオロアーの基本である。もしこのトランジスターが駄目になっていれば、B—E間にもC—E間にも電流が通らなくて、Eの電圧がアースと同じゼロボルト。逆に内部でショートしていればEの電圧かVccとほば同じ30Vになる。
この事から、アンプが組み上がったら、すべてのトランジスターのエミッター電圧を測って、それぞれ14.4VぐらいになっておればOKと判る。球なら判るが石はどうもなんて言いわけをする必要はない。(Vccが25Vだと、Eはその半分の約12Vになる)
要はものを考える事だ。
そこでこの回路のベースに入力信号が入って、その信号波形の通り、ベースの電位が上がったり下がったり。
もしその信号波形が大きく、上限が20V、下限が10V、つまり10Vの幅を持った交流だと、それに応じてエミッターも19.4〜9.4Vの間で上がったり下がったり。何のことはない0.6Vばかりずれて、同じ信号がエミッターに出るのである。
だったら何故ここにトランジスターを入れなければならないか、と疑間が出たら一人前。もしその人がマニアで泥沼に足をつっ込んでいたら、その泥沼から抜け出せること請合いである。
フィルターを2段重ねるのに、それぞれのフィルターを区切るのにフィルターの出口を高いインピーダンスで受ける。しかもエミッターフォロアー回路はその出カインピーダンスが低いので、その後につながったフィルターに影響を与えない。非常に好都合なインピーダンス変換回路なのである。
今までの説明でお判りいただけたように、本機は、20~20,000Hz位の信号周波数を上下二つに分割して高低それぞれのチャンネルを単独に600~6,000Hzの間で可変にしたものである。そしてその変化を抵抗値を変える事から作り出してある。今までの市販品、製作記事などは見られなかった回路である。桝谷式なんてのはキザで嫌なのでクリスキット方式と呼んでおこう。
前回までに述べたように、この抵抗値は1kΩ→11k Ωまで1kΩ刻みに変化させると、都合よく聴感上ほぼ均等にカットオフ周波数が移動する。(第15図参照)コンピュータ~がなければこんなに都合良く周波数が変化する回路の計算に1カ月以上はかかったに違いない。世の中便利になったものである。もっともこんなに便利な装置もマニア共の手にかかるとゲーム、グラフ遊びのオモチャにすぎない。中には六重和音が出る機種もある。ひとかどのミュージックシンセサイザ~のつもりだろうが、何とも貧弱なそして嫌な音が出る。こんな商品の売場で一日中こんな音を聞かされていたら、間違いなく脳細胞がいかれると思う。無理もない、音の世界では富田勲が使っている装置の数千分の一、グラフではウォルトディズニーのTRONの数十万分の一の投資で本物の真似をしようとする。鵜の真似をするカラスである。もっとも、こんなバカ共によってマイコン業界が支えられて居るとすれば、何とも妙な具合だ。
可変抵抗器
クリスキットを初めて世に出した10年ばかり前。ポリュームコントロールは手作りであった。残念ながらその製造工程を見た事がないが、クリスキットMARK-Ⅵカスタムの頃ギャングエラー(二連ポリュームの左右の抵抗値のズレ)が大きく、プリアンプのボリュームを一ぱいに紋っているのに片方の音が紋り切れないというクレームが良くあった。特にA型のは、非直線に抵抗値が変化するので、手作りであの程度まで合わせる事が出来たのが不思議な位だ。
電子工学の進歩と共に内部に封入された抵抗板が益々小型化され、正確なものになって来た。EEカメラのASA変換リング。絞りに運動する自動電子シャッター。10年前に比べると需要が数千倍にもなったろうか。この技術がなかったら、四千分の一秒というフォーカルプレーンシャッターも出来なかったろうし、シンクロ同調250分の1なんていう一眼レフカメラは生れなかったに違いない。
数mm角のチップの中に、数万個の半導体(ほとんどがソースフォロアーのFETで、動きはトランジスターのエミッターフォロアーと同じ)を封入出来る時代なのである。
もっとも、これが逆に災いして、以前管球時代のクリスキットには、密封形のガンチリしたボリュームが入っていたのに、最近のはオモチャみたいなちっぽけなのが使ってあるが、コストダウンのためかというお問い合わせがよくある。最高級の部品で知られているクリスキットのパーツセットなのだから、手を抜かないで欲しいというのである。
中には、わざわざ秋葉原へ行って、ジャンク屋を探しまわって、やっとA形2連のものを千円近い値段で手に入れたのだが、A500kΩしかなかったので、Mark-8に使って問題はないか?。速達の質問だが返信料が入っていない。
冗談じゃない。47kΩのにしようかと思ったのだが、特別生産品になって納期に問題があるので50k のを選んである。そんなところへ、抵抗値が10倍もあるA500kΩなんぞ使うのは、いかに手作りの部品とは申せ、インピーダンスマンチングのためにうまくないのは判り切った話。
もっとも、こんな事を書くと、A—47kΩを探しに秋葉原を馳けずり廻るマザコン青年が出るかも知れぬ。47kΩが500k Ωになっては困るが、50kΩでも47kΩでもプリアンプのポリューム用には大差ない。