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私と朝日新聞 北海道報道部の13 仕事のあれこれと不倫の話

札幌での仕事に関することでまだ書いていないことをを思いつくままに拾ってみる。【大晦日勤務】新聞社には1年365日、1日24時間、人がいないことはない。突発する事件、事故への備えである。だから、大晦日にも人はいるし、大晦日から元日にかけての泊...
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私と朝日新聞 北海道報道部の12 テレビ局に天下れなかった話

人には相性というものがある。北海道にどうしても相性が合わないデスクがいた。社会部から来た I という男だった。酒は一滴も飲めない。だが、部下を引き連れて宴会をするのは好きだったようだ。午後7時、7時半ごろになると、報道部に残っている若手に「...
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私と朝日新聞 北海道報道部の11 札幌では風邪をひかず、東京で風邪をひいた話

何度か東京に出張した。そのたびに、人の感覚の不思議さを思った。札幌は大都会だと言われる。しかし、東京から札幌に転勤して、初めて見る札幌の街は田舎じみて見えた。ビルが低い。まだ根雪が残っている時期だったからかも知れないが、まち全体が薄汚れてい...
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私と朝日新聞 北海道報道部の10 道内経済面

仕事の話を続けよう。道庁を担当して半年ばかり過ぎたころ、私は「道内経済面」を立ち上げた。上からの要請だった。1985年、日本経済がバブルに突っ込もうとしていた時期である。これからは経済の時代だ。だから、北海道経済を伝えるページが欲しい。毎週...
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私と朝日新聞 北海道報道部の9 「お車代」を押しつけられた話

まだ道庁担当だったから、札幌赴任から半年もたっていない時のことである。北海道の自民党が集会を開いた。そんなもの、記事になるはずはないのだが、なぜか記者クラブに案内が来た。記者席を用意しているので来て欲しいと書いてある。無視することも考えたが...
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私と朝日新聞 北海道報道部の8 厳冬の峠道

あれは選挙の取材だった。季節は真冬。厳寒期の2月だったと思う。私は池田ワインで有名な池田町に取材に行く必要ができた。取材先に電話を入れる。明日の朝来てくれという。よかった。締め切りに間に合いそうだ。時計を見る。すでに午後3時半である。であれ...
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私と朝日新聞 北海道報道部の7 炭鉱の閉山が相次いだ

私が札幌にいた1985年から87年という時期、北海道は不況のどん底にあった。造船が振るわない。製鐵がダメ。石炭はエネルギー源の王の座から追い払われて長く、林業も不振。「道内経済を立て直すにはどうすればいいか」が最大課題だったが、そんなもの、...
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私と朝日新聞 北海道報道部の6 耳の穴にウイスキーを注ぎ込まれたヤツがいた

Muの話を続ける。ある朝、Muは私の顔を見るなりいった。「Ma、あいつはひどいヤツだよ」聞けば、前夜、彼らは札幌の繁華街、すすきのに飲みに出た。かなり酔ったMuがソファで横になっていると、Maさんがテーブルにあったダルマ(サントリーのオール...
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私と朝日新聞 北海道報道部の5 衆参同日選の惨劇

前回ご登場いただいた、政治部から来たデスクをMuという。私の着任時は、政治部から来たデスクはFuさんであった。ところが、1986年の衆参同日選挙が確実になったころ、北海道支社の編集総務(編集部門で一番偉い人)はデスクを取り換えた。Fuさんが...
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私と朝日新聞 北海道報道部の4 自民党道連からクレームが来た

横路知事がらみのの話を続ける。1987年、横路知事は再選を目指して道知事選に立った。私は知事選取材グループに編入された。まず、必要なのは情勢判断である。札幌市内を取材して回る。その頃私は主に経済を担当していたから、話を聞きに行った先は企業経...
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私と朝日新聞 北海道報道部の3 函館にて

横路知事に同行して、函館に行ったことがある。知事が函館の若手経営者と懇談する。その会合は公開で行うので取材をどうぞ、というわけだ。札幌から函館への移動は国鉄を利用した。さて皆さん、札幌—函館汽車の旅は、どれぐらいの時間がかかると思います?私...
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私と朝日新聞 北海道報道部の2 一村一品運動

実は、札幌以降のことはほとんど記憶に頼るしかない。そのころから自分で書いた記事の切り抜きをサボり始めたからだ。そのため、時系列が頭の中で混乱している。よって、これからはエピソード主義で書き進めていくことにする。仕事と私生活が混在し、一部「グ...
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私と朝日新聞 北海道報道部の1 ああ、札幌

札幌のことは、「グルメらかす」で書いたことがある。これからの記述は、あの時書いたこととダブることになる。であれば、わざわざ「グルメらかす」に飛んで頂く手間を省くため、あの時の原稿をコピペしながら書き進めようと思う。「グルメらかす」をお読み頂...
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私と朝日新聞 東京経済部の19 タートルネックが目をつけられた

ほぼ週1のペースで柔道を楽しみ、時にはおかしな釣りに出かけ、取材をして特ダネで1面トップを飾る。考えてみれば、東京本社で発行する朝刊は1年間で360ほど(休刊日が増えたから、よく分からない)しかない。つまり1面トップの記事は1年で360本ほ...
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私と朝日新聞 東京経済部の18 国と地方の上下関係を如実に見て、でも記事にできなかった話

役所内を廊下トンビする。官庁担当記者の毎日である。聞き出したい話を持っている官僚氏、暇そうな官僚氏のそばへ寄って取材をしたり、雑談をしたりする。雑談は大切で、滅多にないことだが、相手はニュースと思っていなくても、こちらの感性しだいでニュース...
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私と朝日新聞 東京経済部の17 私の記事、朝日新聞の紙面で褒められていました

建設省担当時代を思い出すため、当時の切り抜きを見ていて、1つの記事が目にとまった。「デスク手帳」とあるから、私が書いた記事ではない。それなのに、何故私のスクラップ帳にある?不信に思って読んでみた。「社長交代劇の本音」という見出しがついており...
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私と朝日新聞 東京経済部の16 吉永小百合さんと昼飯を食った話

新聞記者にも、ほんのちょっとした役得はある。私が経験した役得は、どうでもいいような会話から始まった。2×4工法の住宅で著名な三井ホームは私の担当企業だった。当時、三井ホームは、コマーシャルに吉永小百合さん使っていた。ある日、広報担当者と雑談...
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私と朝日新聞 東京経済部の15 入社試験用作文の指導をした

私を柔道に引きずり込んだ I さんは面倒見のいい先輩だった。恐らく人脈も広く、早稲田大学の後輩たちとの付き合いもあったのではないか。ある日、1人の早大生が建設省の記者クラブに I さんを尋ねてきた。「ああ、よく来たね。こっちにおいで」とその...
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私と朝日新聞 東京経済部の14 キーボードにミスタッチをしても地球は爆発しない!

建設省には省内誌があった。誌名は忘れたが、そこから声がかかった。「大道さん、何か原稿を書いて下さい」建設省は取材先である。むげに断るわけにはいかない。だからとりあえずは引き受けたものの、問題は何を書くかである。「なんでもいいですから」とはい...
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私と朝日新聞 東京経済部の13 お上意識

土地・住宅問題に関わる記事を沢山書いたからだろうか、住宅局の官僚諸氏とはすっかり仲良くなった。廊下トンビをしていても気が楽である。「大道さん、ちょうどいいところに来た。ちょっと寄って行きなさいよ」と声がかかったのはとある夕暮れ時である。目の...
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私と朝日新聞 東京経済部の12 大道なら記事にしてくれるのではないか?

さて、そろそろ仕事の話に移ろう。住宅問題は社会問題であるだけでなく、相変わらず私の個人的問題でもあった。晴れの東京勤務になった。であれば首都圏に家を持ちたい。だが、給与明細書を見れば、夢のまた夢である。どうしたらよかろう。どうしたら、私のよ...
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私と朝日新聞 東京経済部の11 建設省の担当になって柔道を再開した話

通産省を1年担当すると、私は建設省担当を命じられた。それまで経済部に建設省担当はいなかったが、何故か私が露払いを命じられた。通産省は担当記者は3人だったが、建設省を担当する経済記者は私1人である。心細くはなかったといえば嘘になる。さて、経済...
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私と朝日新聞 東京経済部の10 天下りをしない官僚

Saさんは私が通産省担当になった当時、貿易局総務課の課長補佐だった。東大卒が掃いて捨てるほどいる通産省で、珍しく京都大学法学部出身。大学3年で司法試験に合格した。羨ましくなるほどの俊才である。弁が立つ。頭の回転が速い。知識は博覧強記といいた...
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私と朝日新聞 東京経済部の9 釣り仲間

「東京経済部の3 またまた引っ越しました」で書いたように、のちに横浜市鶴見区の義父の敷地に家を建てる私であるが、通産省担当のころはそんなことは考えてもみなかった。もっぱら「首都圏で自分の家を持つのは至難の業であることよ」と、高騰する一方の住...
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私と朝日新聞 東京経済部の8 バッティング

通産省担当になって、夜回り取材はほぼ習慣となっていた。昼間は通産省内を廊下トンビして取材(議論も含めて)し、記者会見に出て原稿を書いてFAXで経済部に送り、夜になれば近場で軽く酒を飲みながら夕食を済ませ、会社からハイヤーを回して通産官僚の自...
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私と朝日新聞 東京経済部の7 IBM産業スパイ事件

とんでもない事件が起きたのは、私が通産省担当になって3ヶ月もたたない1982年6月のことだった。何でも、日立製作所と三菱電機の社員が、IBMに対して産業スパイを働き、逮捕されたというのである。今なら中国、ロシアの企業、政府が盛んに産業スパイ...
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私と朝日新聞 東京経済部の6 方針原稿

さて、私は通産省担当としてどんな仕事をしたのか。スクラップをめくると、マクロ経済の動き、その中での通産省の役割などほとんど知るはずもない私でもそこそこ記事は書いていたようだ。その程度の記者でも、何となく記事らしきものは書けるということの証明...
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私と朝日新聞 東京経済部の5 質問をしろ!

「大道君、君は記者会見で質問してるかね」夜の遅い時間、会社の経済部に顔を出した私に話しかけたのは、Haデスクだった。何でも私の大学の先輩だと、誰かに聞いたことがある。驚いたことに、この人がのちに朝日新聞社長になるのだが、私は予言者ではないの...
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私と朝日新聞 東京経済部の4 通産大臣たち

私が通産省担当になった1982年4月、時の首相は鈴木善幸氏だった。通産大臣は安倍晋太郎氏である。凶弾に倒れた安倍晋三の父だ。聞くところによると、安倍通産相は元毎日新聞の記者だった。記者から政治家になった例は少なくない。朝日新聞出身者も結構い...
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私と朝日新聞 東京経済部の3 またまた引っ越しました

ちょっと脇道に逸れる。私の住まいである。浦安に引っ越した我がファミリーは、しばしば横浜市鶴見区にある妻女殿の実家を訪ねるようになった。名古屋時代は年に数回だったが、いまは1時間も車で走ればすむ距離である。一家5人で行けば、義父・義母も孫が可...
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私と朝日新聞 東京経済部の2 通産省という役所

東京経済部で最初の担当は通商産業省(現経済産業省)であった。2度の石油危機を乗り越えて、日本経済は目覚ましく成長していた。Notorious Miti(Ministry of International Trade and Industry...
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私と朝日新聞 東京経済部の1 浦安というところ

前回、「一路東京を目指した」と書いたが、実際に目指したのは東京を通り抜けた浦安市である。転居先は朝日新聞の社員寮で、当時、浦安にある公団のマンションの部屋を新聞社で借り上げ、家族持ちの社員用住宅にしていた。その一部屋に我が家族は移り住むこと...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の26 加藤さんの話

名古屋を離れる前に、どうしても触れておきたい人がいる。スーパー、ユニーの広報室長だった加藤さんである。もとは老舗百貨店、オリエンタル中村の専務取締役だった。業績不振に陥って三越に買収された際に離職し、ユニーに入っていた。専務を務めた人である...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の25 血の気が引いた話

一瞬にして血の気が引く経験など、そう滅多にあるものではない。私が真っ青になったのは1982年3月8日のことである。その頃私はすでに東京経済部への転勤が決まり、日本の中枢で仕事をすることへの興奮と不安を抱えていた。そして目前には、トヨタ—GM...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の24 特ダネ街道

工販合併へ、のl記事を書いたころ、私は絶好調だったようである。その話も、工販合併の話を少しでも煮詰めようと、トヨタ系列の部品メーカーの幹部に時間をとってもらい、話を伺っている間に転げ出た。「大道さん、トヨタの合併話もいいけれど、世界的にはい...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の23 余震はまだまだ続いた

余震は、それからも続く。まず、日本経済新聞のトヨタ担当記者が1人から4人に増えた。記者会見場、パーティ会場、トヨタの首脳が顔を見せるあらゆる場所で、4人の少年探偵団(当時、日経の記者をこう称した)がウロチョロと動き回った。夜になれば、手分け...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の22 特ダネとその波紋

新聞には「早版交換」という習慣がある。印刷所から遠いところに届ける新聞を早版という。早く送り出さねばならないので、締め切りが早く、刷り上がりも早い。この新聞を各社で交換する。だから、特ダネを早版から掲載する新聞はない。「何版から入れようか」...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の21 「両社長の談話をとって来い」

名古屋本社経済部でデスクと顔を合わせたのは昼過ぎだったろうか。「それで、大道。詳しい話を教えろ」取材の細部まで説明した。「ということは、聞き出せたのは分かれているメリットがもうなくなった、という一言だけなのか?」「そうです。その一言だけです...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の20 分かれているメリットがもうなくなった。

東京での宿は、今回も横浜の妻女殿の実家である。ここに泊まれば出張費が浮くのだから、これはやめられない。だが、東京に着いてすぐに私が向かったのは朝日新聞東京本社だった。妻女殿の実家には「今日は遅く帰るので、玄関の鍵を開けて置いて下さい」と頼ん...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の19 悲壮な覚悟

12月に入った。取材は遅々として進まない。いや、遅々でもいい。少しでも進んでくれればなにがしかの手応えはあっただろう。現実には、これほど取材を重ねても、相変わらず私はスタート地点に留まっている。1歩どころか、半歩すら進んでいない。私は遅れて...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の18 ブランデーに酔い痴れてしまった

新聞記者は足で稼ぐ、といわれる。机の前に座っていてもネタは集まらない。とにかく歩く。歩いて人に会う。それが記者の「A」であり「Z」である、という教えである。私は工販合併の取材でずいぶん歩いたはずだ。人に会ったはずだ。それでも成果はゼロである...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の17 工販分離のメリット

トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売は合併するのか、しないのか。そういえば、記者連中の間では合併熱が盛り上がっていた。新車の発表会、中間決算の発表会など、トヨタの記者会見があるたびに「工販は合併するのか」という質問が出ていた。Su先輩の「絶対...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の16 工販が合併するって?!

「ねえ、大ちゃん」私は余程親しみ易い性格らしい。大道君、という人もいたが、少し親しくなると「大ちゃん」と呼ばれた。トヨタ自動車販売の広報課長氏も、「大ちゃん」組である。「工販合併の話、どう思う?」「アマンド」の、それほどうまくもないコーヒー...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の15 東京モーターショー

10月30日、第24回東京モーターショーが東京・晴海で始まった。トヨタ担当は、自動車ショーは見に行くことになっている。私なんぞ、見ても「へえ、こんなスタイルの車が近々出るのか」程度のことしか見取ることができない。私に見せても無駄だとは思うの...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の14 幻のセラミックエンジン

前回、記者は記事を「書かされる」と書いた。情報源と読者を繋ぐのがメディアである以上、それは避けられないことである。警察の広報はいかに自分の組織が手柄を上げたかをメディアを通じて国民に知ってもらいたいと思い、中央官庁も政府も野党も、メディアを...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の13 トヨタ自動車という会社

トヨタ担当は、トヨタ自動車だけを取材するのではない。デンソーなどトヨタグループの会社も取材対象だし、東海地方の製造業はすべて私の担当だった。だから、記事はよく書いた。というか、次から次へと「発表です」という会社が現れ、広報資料をもとに原稿を...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の12 私がトヨタ自動車の担当になった

名古屋経済部で最重要とされる仕事はトヨタ自動車担当である。ほかの企業ニュースは名古屋圏ローカルで報道されることがほとんどだが、トヨタの一挙手一投足は全国的な関心事となる。そのため、トヨタ担当は「次は東京経済部に行く」人が指名されることが多い...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の11 本が読めない

本が読めない、と自分で自分に驚いたのは名古屋経済部に行ってからである。企業の決算書を理解したくて入門書を読み始め、まったく頭に知識が流れ込んでこないことに愕然とした話は前に書いた。いまは金融担当である。金融とは私の日常生活とはほとんど無縁の...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の10 ソアラという車

1981年、トヨタ自動車工業は高給クーペ「ソアラ」を発売した。「ソアラ」はトヨタとしては画期的な車だった。それまでトヨタは、コスト重視の車作りを続けてきた。車毎にマーケティングで店頭での価格を決め、何が何でもその価格を実現する、。ここにもう...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の9 正月の災難・朝日新聞についての新しい知見

松本部長が東京経済部長に転出した。栄転である。代わりにKa氏が名古屋経済部長として着任した。あれはKa氏の着任早々だったと思う。NHKが夜7時のニュースで、トヨタ自動車工業と米・フォードが提携するという話を流した。我が朝日新聞は知らなかった...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の8 東海銀行の事件

1年ほどで私は流通、証券、東海のくらし担当から金融担当となった。銀行が取材先である。そのころ名古屋には、都市銀行の東海銀行があり、地方銀行、相互銀行があった。それがすべて私の担当となった。おいおい、である。仕組みが比較的簡単な流通業界ですら...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の7 さて、私が経済記者ねえ……

松本経済部長は時折、記者クラブに私を訪ねてくれた。あれほど経済部を嫌っていた男のその後が気になっていたのだろう。すぐ近くの喫茶店で話をした。「どうかね、仕事は」といった当たり障りのない話しから始まるのが常だった。だが、私には問いただしたいこ...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の6 中内㓛さん

ある日、スーパー、ダイエーの創業者、中内㓛さんにお目にかかるために神戸の本社まで出かけた。名古屋の経済記者である私の担当範囲はダイエーにまでは及んでいない。出かけたのは、ダイエーの広報担当者に誘われたからである。広報マンとはなかなか働くもの...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の5 私のヒラ時代

名古屋本社経済部で「私のヒラ時代」という連載が始まったのは、確か1980年の春ごろではなかったか。いまは会長、社長、専務、常務、取締役とサラリーマンとしての出世を極めている人たちもにも平社員の時代はあった。一体どんな平社員が偉いさんになった...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の4 オリエンタル中村百貨店

もう解散してしまったが、「憂歌団」というブルースバンドがあった。まだ津支局にいたころ、町の若者たちが「本物のブルースを聴きたい!」とこのバンドを津に招き、自力でコンサートを開いた。街の話題として事前に記事にし、当日は冒頭だけ聞かせてもらって...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の3 東海のくらし

私が書くことになった生活情報は「東海のくらし」といった。毎週月曜日の朝刊に掲載された。野菜、果物、鮮魚、肉・卵について、その週の価格見通しを書く。食料価格の予想? そんなこと、駆け出し経済記者の私に分かるはずがない。そもそも、そんなものを自...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の2 知恵熱

自宅から会社に直接出勤したのは初日だけである。翌日からは会社には行かず、直接取材先、あるいはたまり場に行く。それが新聞記者の生態である。名古屋初のたまり場は名古屋の繁華街、栄にある名古屋証券取引所の記者クラブだった。報道各社毎に机と電話機が...
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私と朝日新聞 名古屋本社経済部の1 取材先はお年寄りばかり……

名古屋で住まったのは東名高速名古屋インターからほど近い千種区星ヶ丘の朝日新聞借り上げ住宅だった。5階建てのマンション(アパート?)の1階端の部屋で、近くに三越星ヶ丘店(当時はオリエンタル中村星ヶ丘店、だったかもしれない)があり。東山動物園ま...
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私と朝日新聞 岐阜支局の28 私は岐阜が大好きでした。

「松本さんから電話があったわよ」夜10時半頃帰宅すると、妻女殿がそういった。1978年の暮れか79年はじめのことである。松本さん? つい5分か10分前まで、支局で松本デスクと一緒だったんだがな。おかしいな、何か緊急に伝えておかねばならないこ...
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私と朝日新聞 岐阜支局の27 無理編にげんこつ

岐阜支局の上司の話を書き留めておきたい。支局長は足立健夫さんといった。私たちは「健夫」を「たけお」とは読まず、「けんぷ」と読んだ。それだけ支局員に愛された支局長だった。ふだんはボーッとしている。いったい、この人は何を考えているだろう。原稿の...
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私と朝日新聞 岐阜支局の26 ゆりかご幼稚園

岐阜に転勤した1978年4月、長男が幼稚園入園の年齢に達した。その2歳下には長女がおり、子どもの成長、妻女殿の負担軽減、両方の目的から、長男を3年保育の幼稚園に通わせることにした。来たばかりで全く様子がわからない岐阜市での幼稚園探しである。...
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私と朝日新聞 岐阜支局の25 改めて近藤先生

「憲法特集」で知り合った近藤宏先生には、本当にお世話になった。近藤先生は教壇に立つ傍ら、岐阜県内の教育界に限らず、様々な市民の文化活動前支援するネットワークを張りめぐらし、「こうしたら、もうちっと、いい世の中になるんじゃなかい?」という生き...
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私と朝日新聞 岐阜支局の24 子ども見つけた、の13 黄色い帽子

黄色い帽子 義務化に反対“デモ”  話し合いの末やっと納得岐阜市岩野田小学校。校下に団地が増え、一時は児童の交通事故が目立った。そこで学校は、52年度から、全児童に黄色い帽子の着用を義務づけた。その直前の話である。   ▇「カッコ悪いよ」モ...
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私と朝日新聞 岐阜支局の23 子ども見つけた、の12 みそ汁

みそ汁 責任持ち家事分担  体験通じ親子にきずな美濃市洲原小学校に「力いっぱい働く10日間」というのがある。春は校内、秋は家庭。いってみれば「働かざる者食うべからず」の体験だ。子どもは家族の一員。責任を持たせ、家事を分担する。そうすれば、ゆ...
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私と朝日新聞 岐阜支局の22 子ども見つけた、の11 秘密

秘密 自発的に月を観測  先生の休んだ日に相談11月17日朝。前の日、頭痛で休んだ畑中世理子先生(48)は、子どもたちの顔を見るのを楽しみに、3年2組の教室に向かった。古い校舎の2階だ。戸の前に立つと、話し合いをしているような声が聞こえる。...
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私と朝日新聞 岐阜支局の21 子ども見つけた、の10 背筋力よいしょ

背筋力よいしょ 目立つ異常な低下  町ぐるみで強化運動に上矢作の町を歩けば、たちまち「背筋力」ということばにぶつかる。「ハイキンリョク」と保育園児が口ずさむ。それは過疎の山村の“流行語”になっている。下原田小学校の校庭の桜の木には「サルの群...
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私と朝日新聞 岐阜支局の20 子ども見つけた、の9 どろんこ大作戦

どろんこ大作戦 砂だんご割りっこ  “新技術”開発し夢中に先生も、上級生も、見たことさえない遊びだ。岐阜市島小学校で、放課後になると、ほとんどの2年生が、運動場で砂だんごを作っている。教室では見られない目の光。「色を出すんや」と、ズボンでみ...
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私と朝日新聞 岐阜支局の19 子ども見つけた、の8 スイカ

スイカ つくれたぞ! 70個  畝から自分たちで世話この秋、羽島市小熊小学校の尾内弘美先生(44)は体をこわし、ずっと自宅療養を続けていた。学校に行けばいやでも目に飛び込んでくるヤンチャ坊主やおしゃまな子がいないのは、何となく寂しいものだ ...
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私と朝日新聞 岐阜支局の18 子ども見つけた、の7 悲しみの砦

悲しみの砦 朝鮮の人を考える  強制連行の悲劇を劇化学校へ行くときや学校から帰るとき、いつも朝鮮学校の人を団体で見かける。文化祭前の私なら、怖がって小走りに家に帰っただろう。けど、文化祭後は怖いなんて思ったこともない。彼らは団体で帰る。年の...
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私と朝日新聞 岐阜支局の17 子ども見つけた、の6 事件

事件 他人の痛み知った  作文や話し合いが効果この冬のある日、中津川市南小学校5年1部(組)で、算数の授業が始まっていた。「4÷12=」と黒板にある。小木曽正夫先生(48)がいった。「これ、できる人」。さなちゃんが手を上げた。とたん、全員が...
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私と朝日新聞 岐阜支局の16 子ども見つけた、の5 ミルクまつり

ミルクまつり 飲めたぞバンザイ  苦手克服、学業にも自信岐阜市鷺山小学校の市原昇先生(53)は3年前、あの子たちと出会って、それまでの教師としての信念が、はっきりした確信に変わった。担任は2年4組。しげき君は、牛乳が大きらいだった。給食の時...
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私と朝日新聞 岐阜支局の15 子ども見つけた、の4 二世誕生

二世誕生 蚕の生命力に感動  発表したい子が目白押し小さな紙箱の中で、針先ほどの黒い虫が桑の葉をモリモリ食べている。ふ化して4日目のケゴ(毛蚕)。蚕の幼虫だ。「すげえ。ちびのくせによく食うなあ」。ルーペでのぞいていた子がいった。「おい、早く...
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私と朝日新聞 岐阜支局の14 子ども見つけた、の3 ヒマワリ

ヒマワリ 感動が生んだ自信  野外学習がきっかけに哲也君は高山市南小学校の2年生。学校にも慣れたはずなのに、つい最近まで何となく元気がなかった。遊ぶのでもなく、何かに熱中している様子もない。授業中にあてられても、モジモジするだけ。担任の畑中...
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私と朝日新聞 岐阜支局の13 子ども見つけた、の2 乗車拒否

乗車拒否 1時間の通学大行進  「運動ぐつ、いいとこ2ヶ月ね」道端にそびえる大イチョウ。その下が、子どもたちの、朝のサロンになる。恵那山系の頂が赤みを帯びるころ、みんなやってくる。「おはよっ」。哲也君が顔を出す。ゆかりちゃん、正人君、みどり...
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私と朝日新聞 岐阜支局の12 子ども見つけたの1

「大道君、ちょっと」と松本デスクに呼ばれたのは1978年10月の終わりか11月のはじめだったはずだ。何事だろう、と寄っていくと「来年の新年企画ね、君にやって欲しいんだ」新年企画とは、1月1日の朝刊から始まる連載のことである。年末年始、特に年...
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私と朝日新聞 岐阜支局の11 写真が……。

忘れられない選挙報道がある。1979年春の岐阜県恵那郡上矢作町(現在は恵那市上矢作町)の町長選挙である。選挙になったのは、前町長が2月に急死したためだった。これを受けて、「保革連合」対「保守」の争いとなった。「保守」対「革新」の激突なら珍し...
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私と朝日新聞 岐阜支局の10 しつこいようだが、また長良川河口堰

どこかに行ってしまったと思っていた記事が見付かった。「岐阜支局の7」で書いた「比較的長文の解説」。そうそう、上京してきた後輩記者が持ってきたというアレである。懐かしくて読み返していたら、懐かしくなって転載したくなった。入社から4年ほどで、私...
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私と朝日新聞 岐阜支局の9 徳山ダム問題で予期せぬ特ダネを書いたこと

私は、徳山ダム問題の長い歴史の中の、たった1年しか担当していない。その1年の間に、徳山村はダム建設同意へ舵を切った。増山たづ子さんをふくむ徳山村の方々には辛い決断だったに違いない。しかし、記者としては歴史を刻む1場面に立ち合うという幸運を得...
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私と朝日新聞 岐阜支局の8 徳山ダム—増山たづ子さんのこと

私の岐阜時代を書くのなら、徳山ダムを避けては通れない。何しろ、岐阜への転勤が決まった後、「砦に拠る」(松下竜一著)を購入し、熟読した私である。すっかり感銘して「豆腐屋の四季」「風成の女たち」など松下さんの本を次々と読み、ついには全集まで勝っ...
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私と朝日新聞 岐阜支局の7 長良川河口堰訴訟

岐阜ではもう1つ、大きな裁判を担当した。長良川河口堰訴訟である。治水、利水を目的に、長良川の河口に大きな堰を作ると水資源開発公団が計画し、住民が「堰は作らせない!」と立ち上がった裁判である。記憶が薄れているが、切り抜きの中にいいものが見付か...
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私と朝日新聞 岐阜支局の6 治水はできるのか

私が津市で「なんという頓馬なテレビ記者がいたものか」あきれた長良川の水害は、被害を受けた住民が国を相手の訴訟を起こした。国の河川管理の欠陥が水害の原因である、という主張である。思ってもみなかったが、岐阜に転勤した私は、この訴訟を担当すること...
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私と朝日新聞 岐阜支局の5 拝啓 上松知事ドノ

1978年秋、岐阜県は県の事業に反対する住民を警察を使って排除し、事業を開始した。あらましはこうである。県は各務原市の木曽川右岸に流域下水道終末処理場の建設を計画した。広域から下水を集め、ここで川に流しても環境問題が起きない程度に汚物を取り...
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私と朝日新聞 岐阜支局の4 県立高校入試問題が漏れた

浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじと宣うたのは、確か石川五右衛門だった。泥棒だけでなく、世の中には犯罪の種が尽きない。岐阜県で、1978年度の県立高校入学試験問題が漏れるという事件が起きた。入試問題作成委員を通じて1受験生が、事前に...
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私と朝日新聞 岐阜支局の3 憲法特集

「大道君、ちょっと」とデスクに呼ばれたのは4月半ばだった。デスク、名を松本行博さんといった。私が津支局で交通事故撲滅キャンペーンをやったとき参考にした「企業都市」の取材チームの一員であったことを後に知る。「間もなく憲法記念日だよねえ。そこで...
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私と朝日新聞 岐阜支局2 長良川は溢れるか

PANTAが死んだ。頭脳警察のPANTAが身罷った。横浜の我が家に遊びに来たPANTAが消え去った。ビートルズのコピーをしようかと思っているというPANTAに、海賊盤を数十枚あげた。マーティン・スコセッシのブルース・シリーズもコピーして渡し...
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私と朝日新聞 岐阜支局の1 不安だったのです。

私が岐阜支局に転勤したのは1978年4月のことだった。まだ津に在任中の1976年9月、長良川が氾濫した。私にとっては遠隔の地での出来事に過ぎず、私が岐阜に転勤してこの水害の裁判を自分が取材することになるなど考えもしなかった。「凄いなあ。大変...
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私と朝日新聞 津支局の21 社員差別問題

津支局の最後は、ちょっと良くて、あとで悪くなった話である。私が入社するずっと前、朝日新聞記者には2つの階級があった。入社試験を受けて正規入社した記者(確か、練習生とかいった)と、入社試験を経ずに入社した記者である。というと、何だかおかしな会...
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私と朝日新聞 津支局の20 津支局で起きたラッダイト運動

前にも書いたように、私が入社した頃の原稿用紙は、巻きが小さくなって輪転機にかからなくなった新聞用紙を葉書大に切りそろえ、上辺を糊で止めたものだった。これに1枚15字ずつ書く。最初は戸惑ったが、使い慣れると実によい。記事の執筆は時間との闘いで...
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私と朝日新聞 津支局の19 支局長の人格

そろそろ津市を去る時が迫ってきた。しかし、その前にあと3つだけ書いておきたいことがある。今日はそのうちのひとつ、M支局長についてである。私は津支局に3年半いた。その間、支局長は替わらなかった。つまり私は、たった1人の支局長としか付き合わなか...
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前立腺がんの近況報告

今日は群馬大学医学部付属病院の放射線科に初めて行った。ゆえに、私と朝日新聞を中断して近況報告をする。まず、重粒子線治療の日程が決まった。9月6、7日に準備をする。重粒子線を放射している間(5〜10分、だそうです)体が動かないように、固定具を...
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私と朝日新聞 津支局の18 三重県と原爆

1年間の三重県警担当を離れた私は、市政担当となった。事件・事故の取材も、その背景まで視野を広げれば社会的に意味がある記事にできたのかもしれない。だが、お巡りさんの間を駆け巡って事件・事故を取材することで精一杯で、しかもそんな取材が一面では苦...
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私と朝日新聞 津支局の17 恥ずかしいキャンペーン

いま横浜に来ている。この連載の参考にしようと昔の切り抜きを引っ張り出した。私が記者として初めて書いた記事が出てきた。日付は1974年9月7日。記者になって4日目だ。乗用車とバイク衝突 7日午後1時15分ごろ、津市長岡町の津公園西団地内の十字...
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私と朝日新聞 津支局の16 佐々淳行本部長

私が三重県警を担当した時、県警本部長は佐々淳行さんだった。警察庁のキャリア組で、普通なら三重県あたりの県警本部長になる人ではない。たまたま1975年、三重県で国体が開かれ、まだ過激派の生き残りの動静が懸念されたことから、特別措置として本部長...
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私と朝日新聞 津支局の15 飲酒運転

警察取材の華は汚職事件だろう。政治家、実業家、高級官僚など日頃権勢をふるって偉そうな顔をしているヤツらがお縄になる。東京五輪汚職でもそうだったが、そんな連中が捕まると胸がスッとする思いがする。警察、記者仲間はそんな事件を「さんずい」と呼ぶ。...
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私と朝日新聞 津支局の14 女子高生売春

三重県警を担当したのはちょうど1年間だった。この間の記憶は甚だ曖昧である。特に時間の前後関係がよくわからない。そのため、頭に浮かんだエピソードを前後不同で紹介する。「先日ガサを入れた暴力団の事務所からこれを押収しました」と記者クラブにやって...
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私と朝日新聞 津支局の13 線路のボルトが抜かれた。

久しぶりに三重県警の記者クラブに戻って数日後のことだったと記憶する。愛知県と三重県の県境あたりで鉄道の線路からボルトを抜き去る事件が起きた。どこかの新聞(読売、だったか?)が特ダネで報じた。その新聞を記者クラブで開きながら「まあ、俺がいない...
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私と朝日新聞 津支局の12 高校野球の夏

津での署回りは1年半で卒業した。次は三重県警担当である。新聞記者2年生になった私は、同時に高校野球担当も命じられた。県警を取材しながら夏の甲子園大会に向けた三重県予選を全部取り仕切るのである。夏の甲子園は球児たちの夢である。朝日新聞社と高校...
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私と朝日新聞 津支局の11 暇ネタの話

署回りとは、事件、事故を追いかけていれば済む仕事ではない。そもそも地方都市の津市、久居市で大きな事件・事故が発生する頻度は低い。では、暇な時には何をするのか。読書にいそしんでもよい。映画を見るのも教養を深めるには大切なことである。睡眠不足な...
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私と朝日新聞 津支局の10 入社式・新人研修

入社から7ヶ月たって、1975年度の入社式と新人研修があり、私も参加した。その年、朝日新聞に記者職で入ったのはわずか23人。この年も5000人から6000人は受験したはずだし、例年60人から70人は採用していたはずだから、異例の少数である。...
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私と朝日新聞 津支局の9 記者とは不届きな輩である。

署回り担当とは、管内で発生する事件、事故を取材して原稿にする仕事である。つまり、事件、事故が飯の種なのだ。憧れてなった記者である。できれば原稿は沢山書きたい。自分の書いた記事が活字になって紙面に掲載されるのが快感なのだ。それ故に、察担当の記...
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私と朝日新聞 津支局の8 支局生活

私が麻雀という遊びを覚えたのは津支局に行ってからである。大学時代に覚えたという人が多いようだが、私の学生生活にはそんな遊びをしている時間はなかった。日々の暮らしのためにアルバイトに精を出さねばならなかったからだ。それに、私は賭け事が苦手であ...
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私と朝日新聞 津支局の7 子どもと遊ぶ

津で私は1度引っ越しをしている。最初に入ったのは、支局のHデスクが事前に探してくれていた部屋だった。台所と4畳半、6畳が一直線に並んで狭い。玄関を開けると向こうの端まで全部見えてしまう。そこに、親子3人で住んだ。引っ越した先は、転勤した先輩...
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私と朝日新聞 津支局の6 泥棒

ある日、津市の我が家に泥棒が入った。当時は3DKのアパート住まいだった。2階で、玄関を入るとダイニングキッチン、右に一部屋、ダイニングから奥に入ると6畳が2間。ダイニング右の一部屋は収納部屋でタンスなどを置き、生活はダイニング、奥の2間でこ...
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私と朝日新聞 津支局の5 恐るべきライバル

ある日、津署内をぶらついていたら署長室のドアが開いた。顔を出した署長が私を見て「大道君、ちょっと来ないかね」と招いた。何だ? 何故俺が署長に呼ばれる?署長とは酒を酌み交わしたこともないほどだから、親しく話した記憶はほとんどない。その私を署長...
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私と朝日新聞 津支局の4 レーダー探知機

初めて「特ダネ」というものを書いたのは、津で署回りを始めてしばらくしてからだった。まだ支局のランドクルーザーに乗っていたから、記者になって1ヶ月前後のことだと思う。苦手だったお巡りさんたちとも少しずつ打ち解け始めていた。とはいえ、学生気分を...
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私と朝日新聞 津支局の3 あんた、何学部?

人は変わる。誰でも変わる。それを進歩というか、堕落というかは評価する人の自由である。そして、私も変わった。あれほど毛嫌いしていたお巡りさんと、何となく仲良くなりはじめたのである。いま警察署は、副所長席のまわりを除けば立ち入り禁止区域である。...
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私と朝日新聞 津支局の2 大丈夫か、お前。本当に新聞記者なんかになれるのか? うぅぅぅ……。

研修最終日の夜、名古屋本社で I 社会部長たち数人が壮行会を開いてくれた記憶がある。立ったまま、乾き物を食べながらビールを飲む程度の簡単なものだったが、何故か覚えている。I社会部長は後に東京本社編集局長になり、東京経済部員だった私と記憶に鮮...
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私と朝日新聞 津支局の1 名古屋本社で即席研修を受けました。

私の大学には、マスコミ学科などなかった。あったとしても、そもそも弁護士志望だった私が選んでいるはずはない。これまで学生であり、サラリーマンだった男に、突然新聞記者が務まるはずはない。いまはどうか知らないが、私が入った頃は、4月入社の新入社員...
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私と朝日新聞 入社試験の6 9月1日に繰り上げ入社となりました。

西鉄を7月31日付で退職した。8月9日、横浜市の妻女殿の実家に近い産院で長男が誕生した。すでに無職の身になっていた私は、産院のかたい椅子で、その瞬間を待った。「初産なので、ちょっと時間がかかるかも」なるほどなかなか産まれてくれない。待ちくた...
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私と朝日新聞 入社試験の5 合格通知が思わぬ事態を招いた。

朝日新聞社から合格通知が届いたのは7月20日過ぎだった。2次試験で手応えを感じていたとはいえ、「これで俺は新聞記者だ!」と心から嬉しかった。2回目の受験の際、朝日新聞から新入社員募集要項を取り寄せていた。それによると、基本給与月額6万300...
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私と朝日新聞 入社試験の4 fake information

私は単に頭がいいのか、狡猾と評した方が適切なのか、あるいは一言の元に狡い、陰険と切って捨てた方がいいのか。大卒者の採用を決めるペーパーテストを作成せよ、ととんでもない課題を与えられた私は一計を案じた。とてもじゃないが、私1人でできるかどうか...
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私と朝日新聞 入社試験の3 大卒採用担当に

実に困ったタイミングでの懐妊騒ぎである。思わず、「ホントかよ?!」とつぶやいてしまったのは私の本音であった。私は朝日新聞の記者になろうと決めた。ところが今年の入社試験に落ちてしまった。どうしても記者になるためこれから来年の試験に向けて研鑽を...
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私と朝日新聞 入社試験の2 40数日の戦い

昨日までは落ちることしか考えていなかった入社試験を、今日からは乗り越えるべき目標にする。ゼロからの出発とはこんなことをいうのだろう。入社試験の1次は一般常識と英語、それに作文だという。では新聞社が求める一般常識とはどのようなものか? 考えて...
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私と朝日新聞 入社試験の1 若さ=馬鹿さ、である。

結婚生活が始まった。同時に朝日新聞の受験準備も進んだ。とはいえ、落ちるのを目的にした受験である。下手に一般常識や作文力、英語の読解能力を高めたら、入社試験に通ってしまう恐れがある。そんなことにでもなれば遠大なる私の構想は狂ってしまう。つまり...
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私と朝日新聞 記者以前の12 不合格志願

困り果てた。私は朝日新聞の記者などになる気は全くない。しかし、私を朝日派米少年に押し込んでくれたことを始め、飛永さんには大恩がある。その飛永さんを裏切るわけには行かない。二律背反。 どこかに逃げ道はないか……。とりあえず、朝日新聞西部本社の...
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私と朝日新聞 記者以前の11 朝日新聞もよかばい!

「私たちの仲人をしていただけませんか?」当時、後の妻女殿は卒業を間近に控えた大学4年生、私は大学3年生である(なぜか、年齢は私が1歳上)。そんな2人の依頼を飛永さんはどう受け止められたのだろう。「ほう、あんたたち、結婚すっとね。ばってん、仲...
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私と朝日新聞 記者以前の10 来ちゃったんです!

.岩国での大工仕事を終えて福岡に帰ってしばらくしたら、「ほびっと」で私に住所、氏名を書かせた横浜の女性からも手紙が来た。「ほびっと」における私はそこそこ人気者で、私に手紙をよこしたのは横浜の彼女だけではない。私は数人の女性pen palを持...
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私と朝日新聞 記者以前の9 出会っちゃったのです

たまたま今日、岡林信康の「金色のライオン」というアルバムを聴いていたら、「ホビット」という曲が流れ出した。♪ホビットにいくのは死んでももう嫌だホビットにいくのは死んでももう嫌だ誰でもいいから会いたくなって ふらりと外へ出たゴールデン街に出か...
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私と朝日新聞 記者以前の8 ほびっとへ

私が通った大学は、最初の1年半を教養部で過ごし、2学年の後半から専門課程(私の場合は法学部)に進むシステムだった。そして私にも、専門課程に進む時期が近づいてきた。弁護士になるには法律を勉強しなければならない。いよいよ受験勉強の始まりだ。とい...
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私と朝日新聞 記者以前の7 裁判所にデモに行った

入学した途端に始まった全学バリケードストライキは半年後に機動隊の導入でバリケードが撤去され、形だけは平穏な学園が戻った。しかし、バリケードを解かれたぐらいで一度燃え上がった火が消えるわけはない。目前に70年安保が迫っているのである。満足に授...
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私と朝日新聞 記者以前の6 学生運動

私は塾や予備校に通ったことがない。我が家の家計がそれを許さなかった。それに、塾に行かなくても別に痛痒は感じなかった。だって、受験勉強って、自分でやるしかない物だろ?話は逸れるが、朝日新聞の先輩に、一浪で東大に入ったという人がいた。彼曰く、「...
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私と朝日新聞 記者以前の5 大学受験に失敗

失敗した。現役での大学受験に失敗した。1968年3月、私はとある国立大学を受験した。高校の担任からは「お前、いまの成績では志望校は無理だと思うぞ」と何度か忠告を受けた。しかし、私はあくまでノーテンキらしい。「先生、入試日までの日数を計算しな...
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私と朝日新聞 記者以前の4 弁護士になろう

4年少々続けた朝日新聞の配達を、中学卒業と同時に辞めた。流石に高校では、新聞配達をしながら学業をするのは難しかろう、と考えた。もっとも、中学時代はほとんど自宅学習をしたことがない。家庭学習と呼べるのは、中学で初めて出会った英語が面白く(その...
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私と朝日新聞 記者以前の3 初めての原稿

「さて君たち、これから新聞の原稿を書いてもらう。故郷の皆さんに、君たちがアメリカでどんな体験しているかを知っていただくのだから、念を入れて書きなさいよ」我々10人を引率していた長谷川さんがそんな「業務命令」を出したのは、確かヨセミテ公園で宿...
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私と朝日新聞 記者以前の2 朝日派米少年

大牟田市の朝日新聞販売店は飛永和成さんという社長が取り仕切っていた。市内に数店の支店を持ち、私が務めることになったのはその支店の1つである。朝刊を配るには午前4時半、夕刊を配達するには午後4時には販売店に行かねばならない(たまに寝過ごして、...
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私と朝日新聞 記者以前の1 ファーストコンタクト

さて、いよいよ過去への旅を始めよう。私と朝日新聞の出会いは62年前に遡る。当時私は11歳、大牟田市立平原小学校の5年生だった。その年12月、私は新聞配達を始めたのである。我が家は貧しかった。以前書いたが、父はアルコール中毒である。中学校の教...
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私と朝日新聞 前書き

しばらく原稿をサボっていたら、刺繍作家の大澤紀代美さんからショートメールを頂いた。「お体、大丈夫ですか? ラカスが大分ご無沙汰なので…」大澤さん、「ラカス」ではありません。「らかす」ですって!ま、それはそれとして、私の前立腺がんのことを気遣...
らかす日誌

3日分の音を聞いた。感想はただ一言。「お疲れ様」。

Eric Claptonの2023年日本公演、4月15日、18日、21日の音を一通り聞いた。音質は良くない。ラインからの録音ではなく、観客席からとった音である。販売サイトに「高音質ステレオ・オーディエンス音源」と明記してあったから、それは覚...
らかす日誌

CDが3組、6枚届いた。終わったばかりのクラプトン日本公演です。

UDO音楽事務所の前社長、Tさんとの話から、2000年のサンタナ日本公演にEric Claptonが飛び入りで舞台に立ったライブのCDを入手したことは3月7日の日誌に書いた。公式に発売されたものではないから、もちろん海賊盤である。それをきっ...
らかす日誌

大型連休も終わりましたね。

ゴールデンウイークは今日が最終日。皆様、満足のいく休暇をお過ごしになりましたでしょうか?真夏日になったり、その翌日である今日は再び冷え込んだりと不規則な気候だったが、天気もまずまず(桐生の場合だけど)の行楽日和が続いたから、人混みを気にしな...
らかす日誌

かなりの昔話ですが……。

突然だが。「大道君、君はまだ シャツの下に肌着を着ているのかね。お洒落じゃないなあ。若いんだからもっとお洒落しなくちゃ」まだ30歳を少し過ぎたばかりの私にそう言ったのは、名古屋市にある名鉄百貨店の副社長だった。当時私は名古屋本社勤務。経済部...
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2回目のホルモン注射をしてきました。

1回目のホルモン注射からちょうど4週間の今日、2回目を受けてきた。「どうですか」というのが医者の一般的なあいさつらしい。かかりつけの整形外科医も私の顔を見ればそう言うし、今日の泌尿器科医もやっぱりそういった。「副作用は全くないですね。乳房も...
らかす日誌

昨日、桐生に戻って参りました。都会は健康に良いですね。

Eric Claptonのコンサートを核にした私の東京・横浜・川崎巡りを終えて、昨夕、桐生に戻った。一言で感想を言えば、「都会は健康に甚だよろしい!」となる。理由は後述する。21日は午後0時半頃桐生を車で出発。3時前後に横浜の我が家に着いた...
らかす日誌

Eric Claptonまであと2日。

Eric Claptonの日本公演2023が始まった。私が日本武道館に足を運ぶのは21日、明後日である。昼過ぎに桐生を出て車を横浜の家に置き、四日市から出て来る啓樹一行とは午後5時頃ドッキング。軽く夕食を済ませて武道館に乗り込む。終われば宿...
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79.9㎏!

体重がとうとう80㎏を割り込んだ。本日入浴前、全裸で体重計に乗ったら79.9㎏! 快挙である。なにも、体重減を目指して糖質制限を続けているわけではない。前立腺に巣くったがん細胞を兵糧攻めにするのが狙いである。だから、体重が落ちるのは副作用、...
らかす日誌

PSI値がそこそこ下がってきました。

昨日、かかりつけの泌尿器科に行った。ここではすでに4週間効果があるホルモン剤の注射を受けている。次の注射は26日なのだが、「副作用がないかどうか見たい」という医師の意向で、昨日診察を受けた。「何か体に変調は?」ありません。乳房が膨らむことは...
らかす日誌

見てみたかったなあ……

桐生でプロジェクトがひとつ潰れた。残念である。桐生が誇る刺繍作家、大澤紀代美さんが今月、エリック・クラプトンの日本公演に出向く。だからだろう、大澤さんのアトリエに行くと、クラプトンの曲がかかっていることが多い。せっかく武道館まで出向いてクラ...
らかす日誌

サポートセンターへの電話はなかなかつながらない。

録画した映画や音楽ライブをディスクに落とすのは、私の日常業務である。いま使っているBD-RディスクはVerbatimとMaxellの2種。書き込みに失敗することはほとんどななかった。それが、つい先日封を切ったばかりのVerbatimで、使い...
らかす日誌

ネット中継で入学式を見た。そんな時代なんだなあ。

今日は横浜の璃子の中学入学式だった。行きたかった学校だから、きっと胸を膨らませ、誇りを持って臨んだ晴れ舞台である。璃子を大好きなボスである私、できれば参列して璃子の笑顔を見たいところだが、まあ、父兄の参列はあるとしてもジジババはありえない。...
らかす日誌

マスクの普及率は?

新型コロナウイルスの急速な感染拡大以来、マスクが暮らしの必需品となった。顔の上半分だけで「おっ! 美人! でも下半分はどうだろう?」「まあいいや、次行こ! いや、下半分で印象が変わるか?」などという推測を余儀なくされる不自由な暮らしを強いら...
らかす日誌

高額の注射をしてきました。

今日からホルモン剤による治療の第2段階である。7錠処方されたカソデックス錠80mgは今朝で飲みきった。今日からは注射で男性ホルモンを抑えるのである。朝、9時過ぎに病院に行った。泌尿器科は今日、暇だったらしい。待つこと10分か15分で診察室に...
らかす日誌

カソデックス錠を3日服用。私は女性に近づいたか?

カソデックス錠80mgを、今日で3日服用した。何しろ、前回書いたような副作用がたくさんある薬剤である。何事に付けてもいい加減さが目立つ私だが、多少緊張していたことは否めない。ねえ、軽くて「乳房腫脹 、 乳房圧痛 、 ほてり 、 勃起力低下」...
らかす日誌

明日からカソデックス錠の服用を始めます。

先日、群馬大学付属病院で託された手紙を持って桐生市内の泌尿器科に行った。私の前立腺がんを見つけたところである。そして、重粒子線治療に先立つホルモン療法は、この泌尿器科に任されている。「ああ、いよいよ今日から、男性ホルモンを抑える注射が始まる...
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当面、ふきのとうは適当に食べることにした。

昨日に続いてふきのとうの話である。ただし、今回は料理の話ではない。昨日の日誌をアップしたあと、ふきのとうに含まれる抗がん剤「ペタシン」について、ネットでさらに調べてみた。ある、ある、結構ある。そこそこ話題になっているんだね、「ペタシン」。で...
らかす日誌

ふきのとうの料理に失敗した話。

「大道さん、ふきのとうを食べましょう。僕なんか、今日は25個も食べました」と電話口でしてくれたのは高崎のS院長である。ふきのとうには抗がん効果がある、ちょうど今が旬だから食べない手はない、というのである。念の為、「ふきのとう 抗がん」でググ...
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2度目の受診は初回に輪をかけてあっけなかった群馬大学付属病院でした。

いよいよ秘密のドアが開く……、というわけでもないが、今日こそはこれからの治療計画が明かされるはずだ、と期待に胸が膨らんでいたのだろうか。群馬大学医学部付属病院での2回目の診察となる今朝は何故か5時半に目が醒めた。昨夜はO氏に誘われて若手の経...
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「高たんぱく&低糖質」を歌う食べ物って、そこそこあるんだねえ。

「ロカボ」という言葉をご存知だろうか?私がこの言葉に出会ったのは、つい最近である。糖質制限を続けていて、「そういえば、糖質制限食のレシピってあるんだろうか?」とネットで検索したら、ゾロゾロと出て来た。その中の1つに、この「ロカボ」という言葉...
らかす日誌

ホモ・サピエンスの年齢が50万年増えたそうです。

私の頭に残っている人類の歴史についての記憶では、我々ホモ・サピエンスは20万年〜30万年の歴史があった。つまり、そのあたりの時代に、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが枝分かれし、ネアンデルタール人はやがて消滅、ホモ・サピエンスがいま、我...
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筆が滞っております。

これは、嵐のあとの静けさと表現すべきか。昨秋の健康診断に端を発した前立腺がん騒ぎが一段落、いや、とりあえず診察待ちの状況になって筆が滞っている。あまりにもがんで騒いだため、がんに関わる動きが止まった現在、書くべき事がないのである。せいぜい、...
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群馬大学医学部付属病院での初診はあっけないの一言であった。

起床6時35分、出発7時半過ぎ。それでも群馬大学医学部付属病院に着いたのは9時少し前だった。というのも、迷ったからである。最初は、iPhoneのナビで迷った。家を出てすぐに指示してくれる道が「えっ、それよりこっちの方が近いだろう」と思わせる...
らかす日誌

明日、群馬大学医学部付属病院で初診です。

明日、重粒子線治療の入口に立つ。群馬大学医学部付属病院で始めて診察を受ける。町医者で「駐車場がすぐに満杯なる」と脅されたから、自宅を出るのは午前7時半。となると、6時半には起きていなければならないだろう。そろそろ寝る。考えてみれば、私が群大...
らかす日誌

目に見えて体重が減っております。

本日、入浴前の体重、81.9㎏。昨日の入浴前は82.2㎏だった。きのうの夜はワインを浴びるほど飲んだのに、1日で300g減った。糖質制限を始めてからでは、恐らく4〜5㎏減ったはずである。腹回りの出っ張りはあまり縮小したようには見えないが、少...
らかす日誌

私は、根拠あやふやな民間療法に頼っているのか?

恐らく、彼が私の主治医なのだろう。私の前立腺がんを最初に確認した泌尿器科に今朝行ってきた。群大病院で重粒子線による治療を受けるには、この主治医の紹介状が名なければならない。その手続きである。彼によると、群大病院での初診は3月7日午前9時半か...
らかす日誌

ホント、年齢とともに体力って衰えるものなんですね。

私は知的労働者を自認している者である。ところが今日は肉体労働に従事することになった。話は昨日に遡る。我が妻女殿の求めによって、我が家に豪華絢爛なベッド用マットレスがやって来たことは、昨年12月13日の「らかす日誌」に書いた。我が家ではそれを...
らかす日誌

3月7日に群馬大学付属業院で最初の診察を受けます。

優粒子線治療の入口である、群馬大学付属病院で最初の診察を受ける日が決まった。仲介役となる桐生の泌尿器科から今朝電話を受けた。7日午前9時半。そうか、ということは当日は時過ぎには自宅を出ないと間に合わないな。何でも、初日はこれまで受けた検査結...
らかす日誌

がんが確定しました。重粒子線での治療に挑みます。

昨日はややバタバタして、日誌が途切れてしまった。前立腺がんの話を続けよう。その昨日、S院長から電話を頂いた。朝10時半頃、車を運転中に車載ディスプレーにS院長の名前が登場した瞬間、「あれ、この人誰だっけ?」と戸惑ってしまったのは、私の記憶力...
らかす日誌

糖質制限は安全なのだろうか?

これまで食べてきた物から、「空のカロリー」とも呼ばれる糖質と、多少の食物繊維を取り除く。だから健康に影響はないはずだ、というのが私の糖質制限に対する理解である。狙いがダイエットにあるのか、糖尿病体質の改善にあるのか分からないが、「糖質制限」...
らかす日誌

制限すべきといわれる「炭水化物」とは、いったいどんな代物なのか?

つい先日、「がん—4000年の歴史—」(シッダールタ・ムカジー著、早川書房)という上下2巻、総ページ数約800ページの文庫本を読了した。いや、前立腺にがんが見つかって(まだ「がんもどき」の可能性も残っているが)慌てて買った本ではない。半年ほ...
らかす日誌

私は闇雲に糖質制限を進めているわけではない、ということ。

糖質制限。食事から米、パン、麺類を排除する。おいおい、お前さんは新興宗教にいかれちゃったのかよ?! と後懸念の方もおいでなるだろう。第一、我が子どもたちはすべて、「親父が狂った!」思っているようである。だから、他人であるあなたがそう思っても...
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励ましのメールを頂きました。感謝!

3日前、全く存じ上げない方から、励ましのメールを頂いた。自らもがんとの闘病経験をお持ちで、「タケチャン」という方である。ご本人の了解を頂いたので、全文をご紹介する。「いつも楽しく拝読しております。がんと糖尿病について私の経験が、ご参考になれ...
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豊田章一郎さんのご冥福をお祈りします。

トヨタ自動車の豊田章一郎名誉会長が亡くなった。各種のメディアで追悼文、追悼番組が組まれているが、私も個人的に関わった人なので、蛇足ながらその思い出を書いておく。初めてお目にかかったのは、章一郎さんがトヨタ自動車販売の社長だった時だと記憶する...
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ファミリーに反対される私のがん対処法

私のがん対処法、つまり、米や麦などの糖質をできるだけ減らし、青嵩、びわの種の粉末、重曹を服用する、というやり方が、我がファミリーの猛反発を受けている。どうやら「親父が民間療法にこり始めた」と理解されているらしい。昨日やって来た長男に、高崎の...
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なるほど、これはNHKの経営戦略であったか。

このところ、NHKの大河ドラマが全く面白くない。昨年の「鎌倉殿の13人」はドタバタホームドラマだし、その前の「青天を衝(つ)け」も似たり寄ったり。「麒麟(きりん)がくる」は、農民が色鮮やかな衣服を身につけているのを見て、「へーっ、この時代の...
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PANTAもがんかよ! がん友になっても仕方がないのになあ……。

頭脳警察というロックバンド(ある人はパンクロックともいうが)のリーダー、PANTA(本名・中村治雄)が1日に緊急入院、肺がんであることを公表した。ショックである。何でも、肺がんが見付かったのは2021年9月だとか。治療の甲斐あってかステージ...
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こいつは春から縁起がいいや! と、この春破産したい私は思った。

今日は朝からいい話が飛び込んできた。中学受験中だった横浜の璃子が、見事に第一志望校の門を押し開けた。試験前日の1月31日夕、FaceTimeで久々に璃子の顔を見た。翌日の入学試験に向けて励ましてやろうと思ったのだが、さて、こんな時にどんな励...
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健康でなければがんにはなれない、と思い当たった。

今日のタイトルを見て、「大道の頭は狂ったか?」と呆れ果てた方もいらっしゃるかも知れない。がん病巣が見付かるということは、健康という世界から追い出されることではないか。健康でなければがんにはなれないとは、いったい何のことだ? バカめ!いや、論...
らかす日誌

「がんもどき」かも知れませんよ。

昨日、1つ目のセカンドオピニオンを求めに高崎市まで走った。まずは走り方の誤謬についてご報告する。初めて赴く病院だ。頼りになるのはiPhone付属の「マップ」である。私は住所を入れ、マップの示す道を辿って目的の病院に着いた。午後3時20分頃で...
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明日、最初のセカンドオピニオン(というのはちょっと変?)を聞きます。

流石に自分のことである。がんが見つかってから私の暮らしが少し変わり始めた。青嵩の服用を始めたことは前回書いた。毎日昼前後に1リットルの水にひとつかみの青嵩を入れ、30分ほど煮出す。漉し器で青嵩を取り除き、残った500ccほどの煎じ薬を3回に...
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積極的にがんを攻めるには。

まず、本日の報告からしておく。本日は、先日受診した転移の有無の結果が知らされる日であった。向かったのは生検を受けた病院である。医者がくれた紙には「Tza No Mo 限局癌」とあった。先生、これでは私には理解できません。どういうことですか?...
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がんと闘う食事とは。

放っておけ。といわれても、私の前立腺にはガンが巣くっているのである。確かに、前立腺がんは進行が遅く、75歳を過ぎると治療を見合わせるとも聞く。つまり、がんが死をもたらす前に、全身の器官が次々と寿命を迎え、いわゆる老衰死にいたることが多いのと...
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死にません。ほおって置くことです。

さて、今日はthird opinionを紹介せねばなるまい。Sさんに言われた通り、昨夜8時半、私は高崎市在住の病院長さん(この方もイニシャルはSである。ややこしいが、この先はS院長と書くことにする)に電話をした。思いもかけず、1時間を越える...
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Third Opinion

このところ、知人、友人の思いやりに囲まれている。昨日は桐生西宮神社の二十日えびすだった。無信心の私には縁はないのだが、同じ神社のえびす講では公式カメラマンを務める身である。「お昼には弁当が出るからさ。食べにおいでよ」と、あのO氏に声をかけら...
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Second Opinion

検査に行ってきた。結果は24日に分かる。というか、恐らくすでに判明しているのだが、私の担当医、つまり最初から面倒を見てもらっている町医者の体がその日まで空かないので、そうなった。結果が出れば、またお知らせする。ついでながら、昨日の記述に一部...
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明日は、前立腺のがんが転移しているかどうかの検査をする。

これまで私は、己の前立腺の問題を法廷闘争に例えて書いてきた。初審で負け、控訴した高裁でも有罪判決を受けた。最高裁は、がんの治療がうまく行くかどうかである。だとすると、明日の検査は何に例えればいいのだろう? あまり聞かないが、最高裁の判断の前...
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Eric Claptonの日本公演に行くことになった。

あのEric Claptonが公演活動を再開し、来日することになった。知ったのは、四日市の啓樹が教えてくれたからである。「あのさ、4月21日のチケットが取れたんだよ」啓樹によると、4月21日、日本武道館での公演は、Claptonにとってちょ...
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控訴審の判決が出た……。

昨日書いた叔父の死、私の家系にもがんがあるという話は、今日への予告だったようである。本日、第2審敗訴の判決を得た。私の前立腺にはガン細胞が巣くっているのだそうだ。診断結果には『ステージング」というものがあり、1〜10で現される。1〜6は比較...
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我が血筋にも、がんがあることが分かった。そうか……。

九州・田川の叔父が亡くなった。この4日のことである。94歳。大往生といっていいだろう。高齢だったので気になってはいたが、元日に受け取ったいとこ(亡くなった叔父の次女)からの賀状には「父さんは、娘の私たちのことは忘れてしまいましたが頑張ってい...
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ヒッチコック作品は手抜きが多い、と私は思う。

巨匠とも名称とも言われるヒッチコック監督制作の映画を制作年代順に見ていて、今日は1963年公開の「鳥」を見た。なるほど、パニック映画に鳥を使ったアイデアは素晴らしい。鷲や鷹といった猛禽類を除けば、人間にとって鳥が危険な生き物であると思う人は...
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さて、2023年はどんな年になりますことやら。

元日。桐生は朝から晴れ上がり、真っ青な空に雲が全く見えない快晴だった。気温も上がり、最高は12℃。まるで何かいいことが待ち受けているような年明けである。あと10日で前立腺生検の結果が出、半年近くで74歳になる私だって、少しは明るい気分になる...
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人間、誰しもミスをする。ヒッチコックもミスをした。

私の夜の映画鑑賞は、生まれて初めての入院後もきちんと続いている。そして、人物別に分けた映画は、すでにヒッチコックまで来た。ヒッチコックはアルフレッド・ヒッチコックというから、あいうえお順に整理している私の本棚では、本来ならアラン・ドロン、ア...
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私の車には自動修復機能が装備されているのか?

愛車、BMW 320dでおかしなことが起きている。事の発端は16日。この日、タイヤをスタッドレスに取り換えた。作業をお願いしたのはタイヤを預かってくれている町の整備屋さんである。付け替えてしばらく走っていたら、ディスプレイにウォーニングが出...
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 前立腺の検査入院、まとめ。

前回まで3回連続で、20日から21日にかけての入院のハイライトをご紹介した。随分長くなったが、私の筆のまずさのためか、あるいは事件が盛りだくさんだったからか、そのあたりの判定は読者各位にお任せする。今回は入院の締めくくりとして、全体を振り返...
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おしっこをするとは、実に大変な作業であることを実感した。

尿意があるとは、膀胱に尿がたまっているとのシグナルである。強い尿意があるということは、膀胱がはち切れんばかりに尿がたまっているということである。つい先程まで膀胱にまで達する管を差し込まれていた私の膀胱に、尿が蓄積されているはずはない。だが、...
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下半身麻酔の悪夢

私が病室のベッドに横たえられたのは午後8時頃だった。横隔膜まで痺れさせた麻酔薬は少し力を弱めたようで、咳をするのに不便はなくなった。だが、下半身にはまだ感覚がない。ベッドに移された私の身体は、2、3枚の布団で覆われた。「どうですか?」と看護...
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無事、今朝病院を出て来ました。

いやはや、入院とはビッグイベントである。これまで一度も入院したことがなかった私には全てが初体験。興奮しすぎたためか、あるいは馴染みのないベッドだったためか、昨夜はあまり眠れず、睡眠不足での退院となった。とりあえず。無事退院できたことを喜びた...
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明日、検査入院します。21日朝には退院してくるはずです。

しばらく先のこと、と思っていたが光陰矢の如し。柳家志ん朝にいわせれば「光陰矢の如し、ってのはどういうことかと申しますと、光陰というのは、ああ、矢の如しだなあ、ということで……」となるが、早くも明日20日は検査入院の日となった。明日午前9時前...
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事前検査が済みました。

前立腺の生検がいよいよ20日に迫った今日、生検に向けた最終検査が行われた。何でも、私の身体が下半身麻酔に耐えるかどうかの確認なのだそうだ。さて、その最終検査の中身をご報告しよう。①身長:180㎝。ん、また縮んだか?②体重:85㎏。これは変わ...
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我が家にマットレスがやって来た。

本日午後、我が家にマットレスがやって来た。妻女殿用である。もう半年ほどになろうか、妻女殿が「ベッドのマットレスが欲しい」とおっしゃった。妻女殿は畳ベッドにマットレスを乗せてお休みになっている。そのマットレスが折りたたみ式であるももだから、折...
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文は短しを持って尊しとする。

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校にいる時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かしたことがある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかもしれぬ。べつだん深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗...
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血圧が上がっているのだが、なぜ?

人の身体とは不可思議なものである。当の本人が知らないうちに様々なことが起きる。今度は血圧が高いのだそうだ。今日、健康診断を受けた医者に行った。高い数値の中性脂肪を落とす薬が今朝で切れ、明日からの分の処方箋を描いてもらうためである。このお医者...
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どうやら、前立腺、ガンという言葉につきまとわれているような気がする。

我が前立腺に不具合が見出されたのは10月26日だったから、もう1ヶ月以上たつ。まあ、73年も生きてくれば身体のどこかに不具合が発見される確率はかなり高いというのが常識だろう。だから、PSA値が高くても、少々のショックは受けながら、「ま、そん...
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共産党を倒せ! 習近平を倒せ! 中国から目が離せない。

すっかり世界の迷惑国家になってしまった中国で、民衆のデモが広がっているという。「共産党打倒!」「習近平は退陣せよ!」と唱え始めたと言うから、力で、つまり警察権力、果ては軍隊まで動員して民衆を押さえつけてきた今の体制に対する根源的な叛乱である...
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また電通かね。オリンピックにからむ不正。

かねがね、オリンピック廃止を唱えている私に、またまた我が主張を繰り返したくなる事実が明らかになりつつある。東京五輪のテスト大会を前に、電通からの出向者が中心になって業務請負の談合があった疑いがあると報じられた。電通専務だった高橋某が巨額の収...
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桐生えびす講、終わる。結論、疲れた……、の2

20日、日曜日。1週間前、この日の天気予報は90%の確率で雨だった。数日前、確率が50%に落ちた。朝予報を見ると、夕方から雨とあった。気温は総じて低めである。「朝、起きることができるか?」と懸念しながら布団に入った前日夜、何故か寝付きが悪か...
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桐生えびす講、終わる。結論、疲れた……

毎年11月19、20日は桐生えびす講である。昨年、一昨年は新型コロナウイルスの影響で変則の開催(参拝客の分散を狙って開催期間を延ばした)が、今年からは本則に戻った。2日限りのお祭りである。どうしたことか、神も仏も信じない私が、この桐生えびす...
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1審は敗訴。上告へ!

先日の血液検査の結果を聞きに行った。「いやあ、残念ながら……」と医者が顔を曇らせた。いや、曇ったように見せたのは私の心の働きかか?彼が示した検査報告書によると、PSA値は前回より下がってはいるが、まだ11.973。正常値は4以下なので、いま...
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明日の判決はいかに?

明日、私に1審の判決が下る。ちょうど1週間前、泌尿器科で採血した。恐らく血液中のPSA値を測るためで、この数値が十分に下がっていれば無罪判決、相変わらず高止まりしてれば有罪判決で、判断は上告審に移される。私の予想通りに進めば、上告審は精密検...
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泌尿器科、2回目受診の報告。

10月27日の日誌に書いたように、私は前立腺に問題を抱えることになった。そのために行った1回目の泌尿器科受診では、とりあえず前立腺肥大の薬を2週間分処方され、「とりえあえず薬で様子を見ましょう。飲み終えたらまた来て下さい」とのことだった。そ...
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本日は耳鼻咽喉科を訪れました。

今日も昨日に引き続き、身の回りのことである。耳鼻咽喉科の医院に行ってきた。声帯周辺の検査である。実は3、4ヶ月前から、声が妙に枯れてきた。滑らかな声が出ず、かすれたような声になる。当初は「風邪でもひいたか?」と気にしなかった。しかし、5日も...
らかす日誌

中性脂肪を引き下げる薬を処方されました。

現役の記者ではなくなり、外に出るよりも家にいる時間が長くなった私の「日誌」の題材は、身の回りのこと、ニュースで見たことにほぼ限られてしまう。「らかす」ではないホームページに載せる原稿を書くためにいくらか取材はしているが、取材先での話、出来事...